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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土湯探索余談

  自分としては、街を探索しているつもりだが、そこに住む人々にとっては、不審な人物でしかないだろうなと思うことがある。特にそれを感じるのは、行き止まりで、地域の人しか行かないと思われる地区に入るときだ。
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  土湯街道から、土湯小学校の北側に入る道路は、決心に近いものがいる。
  最初の時は、行き止まりというこすら分らないのですんなりと行く。六地蔵の案内板につられて、ハンドルを切り、入っていったら、直ぐに三叉路になって右手は行き止まった。そこに六地蔵はあった。左手は、細道でどこに行くか分らないというところまでが、最初だった。
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  家に戻って、半沢氏のフィールドワーク地図で確かめたら、あの左手の細道は、旧旧ニ本松街道のようだった。近くには、ここに住む和算家渡辺一の墓があるという。また、太子堂のある元々の寺とゆかりの九山和尚の墓もあるという。そこで、二回目の探索になるのだが、このときが、決心がいるのだ。ここに住む人々にとっては、行き止まりのこの道を入り込んでくる人間は不審者に見えるはずだなと思っていると、ちょうど近くに住む人が、家から出てくるところに出くわす。怪しいものではありませんと心の中でいいながら、頭を下げる。しかし、相手からみれば、どう見ても不審者だなとは思う。
 それでも、渡辺一の墓墓の位置の標識は見つけた。その墓のうちのどれが、目的の墓なのかは後で確認することにした。
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  九山和尚の墓も、土湯小学校の裏手に見えた。確かに九山和尚の墓であった。このときも、道行く人に合ってしまったので、写真だけとって戻った。

  東鴉川の東側は、日常の山であり、日常の死と向き合う墓地がある。東鴉川の西は、供養塔が建ち、寺が建ち、感謝で讃える墓が建つ聖なる地がある。意識的か無意識的かは分らないが、そんなすみわけをしているように感じている。
by shingen1948 | 2007-09-29 05:34 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)