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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂こけし③

  「伝統こけし」を検索していたら、「南相馬市博物館からの御案内」というページ(http://www.city.minamisoma.lg.jp/mpsdata/web/915/090108.pdf)がみつかった。その内容は、以下のようなことだった。
エンテランス展示
  「職人の手仕事① こけし工人」9月1日(金)~10月31日(火)
こけしは東北地方独特の郷土玩具で、ロクロ引きで手足を省略し、円筒形の胴に球状の頭をのせた木製の人形です。
福島県では、土湯こけしが有名ですが、土湯系鯖湖型(飯坂温泉)の流れをくむ原町区のこけし工人親子三代の作品を紹介します。
 また、江戸時代に藩から招かれたといわれ、明治初年まで、高倉の山中で木地師をしていた家に伝わる往来手形や伝承を紹介します。

  具体的な工人の名前が無かった。その推理の手がかりが、先の「木人子室」にあると勝手に想像した。このページには以下のような内容の記述があった。

  昭和十二年春、橘というこけしに興味のある人が、原の町にこけし工人の高橋忠蔵さんを訪問したという。その時、高橋氏は「珍しいこけしを進呈しましょう」と言って奧にはいって行って、押入などを探し回って、鯖湖らしいこけしの頭を見せたとのこと。
 目じりの上がった描彩で、轆轤は角治さん、描彩はきんさんに間違いなかったという。高橋氏の説明では、二十年程前、師匠渡邊角治さんに別れてこの地に開業したときに、見本として貰ってきたものだとのことだったという。
  彼は、大正7年には、ここに移って木地店を開くと同時にこけしを作り始めたが、あまり売れていなかったととのことだ。

 高橋氏という工人は、伊達郡小国村の生まれで、百姓であったが十八歳の時木地屋を思い立ち、鯖湖の渡邊角治に弟子入りして8年間修行して独立したとのことで、昭和35年には、東京都日野市百草園に移っているとのことだ。

  土湯系鯖湖型(飯坂温泉)の流れということと、原町区のこけし工人親子ということから、高橋忠蔵とのかかわりをひらめいたのだが、確かではないのだが、推理小説を読み解いているようで楽しかった。また、飯坂ではこけしの匂いを感じることができなかったのに、こけし工芸の伝統が、今まで思いつかなかった地域に広がっているという情報が新鮮だった。
by shingen1948 | 2007-09-28 21:10 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)