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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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共同浴場:天王寺・穴原温泉へ出かける

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 15日(土)には、天王寺穴原温泉の共同浴場に出かけた。
 天王寺温泉は、もとは橋の手前を左手に折れたところにあったはずだが、今は旅館になっていた。ここは、白い湯で、皮膚病に効くということで有名だった。
 穴原温泉の共同浴場には、行ったことがなかったが、多分橋の西手の川沿いにあったように思っている。
 飯坂温泉湯めぐりマップによると、穴原温泉は、寛政元年(1789)開湯で、天王寺温泉は、文化2年(1805)開湯、開湯者は、藍原清吉、佐藤孫兵工とのことだ。

 今は、天王寺穴原温泉となって、橋を渡って右手に折れたところに移っている。入湯券を橋のたもとの商店で買うのは変わりない。200円で、値段は違うが、券のデザインは昔と変わらない。

 ここの湯は、無色透明だった。昔の天王寺温泉の泉質ではなさそうだ。
 掲げられた泉質表によると、源泉名は、富士屋温泉で、泉質は、単純泉である。泉温は、60.0℃、PHは8.4のアルカリ泉とのことだ。

 かなり熱い湯である。観光客で、湯めぐりをする客が増えたので、43℃まで湯温を下げるようにお願いの掲示がしてある。それでも、45℃ぐらいはあるかなと思う。

 吉井田から来ていた方がいた。土湯温泉のほうが近いのに、何故こちらまでと聞いたら、自分には、ここの湯の方が効くとのことだ。足に人工骨が入っていて、それを癒すのにここが一番利きそうな気がしているという。そういわれて、温泉と薬師の働きの関係を思う。

 昔、伊達政宗が、飯坂の湯を大森まで運ばせたという話を思い出した。そういえば、飯坂温泉駅近くの共同浴場は、切り湯だった。切り傷に効きそうな湯もあったのかもしれないと納得した。今でこそ、湯質はどの浴場も同じだが、昔は、場所によって少しずつ違っていたのではないかと思う。



  昨年の「今日の記事」
「街角で見つけた自分だけの感動」

 飯坂古道の歩行道を何度か歩いているうち、飯坂電車が、東北本線を横切る工夫に気が付いた。
すたこらと信夫山を登ってある高さを確保することで、立体交差のように東北本線を横切ることは、歩いてみなければ発見することができない。俺はいいものをみつけたのだと興奮している自分がいた。
 この後赤瀬川原平氏の路上観察学会を知って、記事にする。

程度は違うかも知れないのに、勝手に同じ興奮と決め込んでいる自己満足があったことを思い出す。
by shingen1948 | 2007-09-21 04:18 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)