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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土湯の太子堂へ行ってみて⑤

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鐘突き堂の南側辺りに、近代の戦争関係の石碑が固められている。忠魂碑には、戦死した人々の名前が29名刻まれている。その隣は、従軍記念碑で、戦争に行った人々の名前が刻まれている。




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その隣に、松根油の釜が置かれていた。金属製のこの釜は、重厚さを感じる石と共存していることに違和感がある。案内板によると、戦争中、日本にガソリンがなくなったので、山の松の木を切りたおして、その根っこから油を煮詰めてとってガソリンの替わりに飛行機の燃料で使ったという。その油を煮詰める時に使った釜とのことだ。


この釜は、案内板によると、昭和46年に再び鐘ができるまで、鐘の代用にされていたとのこだ。戦時中は、鐘突き堂の鐘まで、供出されていたということを物語る資料としての価値もあるようだ。

別の思いも起きる。戦時中の貧困が背景にあることを除去して考えれば、「豊かな日本から、ガソリンが無くなったらどうすればよいか。」という問いの一つの回答とも取れる。問い自体は新しい問題だ。不思議な資料だ。

ここはこの村の心の故郷であるとともに、土湯の沿革を物語る資料館の役割を担っているのだと改めて思う。統率の力よりは、何となく自由意志が決定していく資料を集めてこの資料館は、運営管理されている。

※ 映画「特攻」の中で、インタビューに答えた元特攻の生き残りの方の発言で、
 「日本が勝てるわけがない」 とした理由に、ガソリンに松の根の油を混ぜた話があった時に、ここを訪れたことを思い出した。
by shingen1948 | 2007-09-16 04:20 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)