地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土湯の太子堂へ行ってみて④


 土湯は、手に入った資料を見るだけでも、災害が多いと思う。
 噴火・火災・水害・凶作とバラエティーに富んでいるが、特に、火災の被害が大きいように感じる。その災害のたびに歴史的な風景はリセットされていったようだ。
a0087378_749517.jpg 
 この鐘突堂の隣が、経堂で、その奥に、太子堂と隣あって火伏せの神愛宕権現が建っている。火伏せの願いは、この地の大きな願いであることは、災害の情報を整理すると分る。

 資料はばらばらだが、災害について得た情報を時空で整理すると以下のようになる。

天明 4年(1784) 大凶作餓死者36名
天明 7年(1787) 鳥谷山(油畑)山崩れ、32軒が埋没22人死亡
嘉永 3年(1850) 興徳寺本堂火災
慶応 4年(1868) 会津軍が全村を焼き払う
昭和 2年(1927) 土湯村大火
昭和29年(1954) 土湯村大火、102軒焼けて1名死亡

 この間に、近くの吾妻山の爆発による災害が加わる。
 正徳年間(1710年代)・天保年間(1830年代)・明治26年・昭和25年の4回の記録が確認できる。
by shingen1948 | 2007-09-15 07:50 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)