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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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河野広中とキャリア教育

最近職につけない若者と接触することが多い。
だが、一般的にいわれているフリーターやニートのイメージとは程遠い若者ばかりだ。職業意識の希薄化も感じないし、我慢が足りなくて、職場になじめそうもないとも感じない。

 人の生きかたについて、批判的に扱うのは個の尊厳の観点から、いろいろ慎重に考察すべきだが、歴史上の人物なら、ある程度大胆になれる。
 河野広中の生きかたをキャリア教育という観点でながめ、周りの若者たちが、何故職業的な敗者になっているのかを憤慨し、応援したいという気持ちから、ちょっと感じたことを書く。

  現在のキャリア教育の目的は、しっかりとした勤労観・職業観を身につけて社会人職業人として自立することだという。これを、生き方の問題としてとらえるとするならば、河野広中は、理想に近いのではないだろうか。
自分の思いを達成するために、強い信念を持って突き進んだことが、結果として県議会議長のポストを得て、代議士という職業をまっとうさせるということに結びついたと見える。
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ところが、地域を探訪していると、この強さの輝かしさの影が見えてくる。
河野広中は、三春藩の下級武士だが、戊辰戦争では、三春藩は自国の無血開城のため、同盟を裏切って政府軍を手引きした。そのことが、二本松藩の悲劇へとつながっていくのだが、この裏切りに、彼は積極的にかかわっているという。
  単に無血開城という目的のためだったのか、あるいは、新政府の理念への賛同の強い意思だったのかは分からない。彼は、母成から会津への道案内もしているのだ。そして、このことが板垣退助との交流を生み、彼の自由民権運動につながるという道筋をつけることになっているようなのだ。
  これが、彼の職業的な結果を生む強さの裏側だと思えるが、時が過ぎれば、こういった影の部分は忘れ去られる。そして、やがては銅像が建つ。

今、労働の現場は、働き方の価値観の変化が激しい時代だ。雇用の流動化・成果主義賃金の導入など、成果を競う強さが重点的に求められている。この中に無防備に飛び込まされるのが、若者を取り巻く職業的な環境だ。この環境に反省を加えようという動向はみられない。むしろ肯定されているようだ。

  自分の周りにいる職業的な敗者は、確かにこの環境に耐える強さが足りないような気がする。目的のため、あるいは信念のため、他者を押しのけるような強さだ。たとえ押しのけたものの悲劇を生むことがあってもつきすすむ。そんな強さを持ち合わせる必要があるのかもしれない。
  もっとも、そんな若者と付き合いたくはないが……。
by shingen1948 | 2007-08-24 06:05 | ☆ 教育話題 | Comments(0)