人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

現場には、3人の犠牲者の慰霊碑が建っている

a0087378_431569.jpg
  細道を進み、目印の越鉄橋を越すと、観音像とお墓が見えてきて、松川事件の現場はここだなと直ぐに分かる。慰霊観音像と殉職碑は、日本国有鉄道が建立したという。慰霊碑は、ここで殉職した「機関士 石田正三」、「機関助手 茂木正市」、「機関助手 伊藤利市」の名が刻まれ、墓碑の形状をしたものである。

a0087378_4304984.jpg
  慰霊観音も殉職碑も線路に向かって建っているので、道路側からは後ろ向きになる。トバが、何枚も建てられている。

 この松川事件の起こった前年の昭和23年4月の夜中に、奥羽線の赤岩駅と庭坂駅の間で、上り列車が脱線、高さ10mの土堤下に転落するという事件があったという。この時も、機関士、助士の2名が死亡したとのことである。現場付近はカーブで、付近の犬釘と非常継ぎ目板が抜き取られていたという。これも迷宮入りで、松川事件との関連性を疑う人もいるらしい。
by shingen1948 | 2007-07-22 04:48 | ◎ 松川事件を歩く | Comments(0)