人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

福岡宿の長谷寺に、独特の雰囲気を感じて

今探索している地区を、芭蕉は、とばしてしまうのだが、今のところ、司馬遼太郎の「街道をゆく」でヒントを得ていると思っている。郡山から、黒塚にとび、一気に信夫の里にとんでしまうのは、芭蕉は、平安朝の詞華史につらなる教養人の末裔の人として、連想の展開を大切にしたからだとの思いである。
そのことについては、先に「上方の風の人から陸奥のみちについての平安の詩的気分を学ぶ」として書きとめておいた。 

 とばされた地区は、スポットライトに照らされないので、くっきりと輪郭が見えるものがないのだが、逆に、影になって隠れてしまうものもない。その時代の日常が見えやすいともいえる。
a0087378_7274926.jpg
長谷寺を福岡宿の象徴と自分で勝手に思っているのだが、この長谷寺、独特の雰囲気がある。街道からわずか数百メートルしか入らないのだが、山の精とでもいったらいいのだろうか、得もいわれぬ感慨が起きる。後で、高橋富雄「大和長谷寺と東北長谷寺」に、「佐渡長谷寺と安達郡福岡長谷寺の二つについては、玉石集も、本山長谷寺の景状をそのまま移したもの」と言っているのをみつけ、本山の雰囲気を感じたのだと勝手に思う。




長谷寺信心の概略

高橋富雄 「大和長谷寺と東北長谷寺」によって、長谷寺の信心の概略について確認する。
本山長谷寺とは、奈良県桜井市初瀬で、新義真言宗豊山(ふさん)派総本山、豊山神楽院長谷寺と称し、古来西国三十三所札所第八番の霊場として知られているとのことである。
ここは、雄略天皇が都した「大和王城の地」という。王城の地を神格化するのは、中国の思想だが、「山河の神」の思想は日本にもあり、「神の国」「祖霊の国」となる。
現人神の「政治の国」は、飛鳥へ、平城へ、……と移る。そして、この「隠り国」が、「神の山」「祖霊の山」として固定する。
長谷寺は、十一面観音を擁するという、きわめて統一型の信仰である。
長谷寺が真言総本山となるのは、豊臣時代からだが、名目はともかく、実質は、真言密教寺院化していた。
東北では、まず、天台宗が「東北国家仏教」としての主導的地位を固めていた。慈覚信仰はその上に立っての庶民信仰であり、次に、真言宗が勢力を固めてきた。
天台宗は、宗祖最澄の宗風で、自宗に改宗させて教義をひろめたが、真言宗祖空海は、、南都諸宗と協調しながら、真言の名にこだわらずに実質的に真言化し、密教化していった。 長谷寺も、表の名義を変えながら、事実上は真言宗として、在来の庶民信仰を観音信仰に帰入し、これを密教信仰にしていった。
ただ、ここ福岡宿の長谷寺は、天台宗である。
by shingen1948 | 2007-07-15 07:31 | ◎ 奥州街道 | Comments(0)