地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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二本柳宿から八丁目宿に向かう奥州街道

二本柳宿から旧奥州街道の道は、円東寺に突き当たった道を、右に曲がる。坂を下りていくが、また上り坂になる。ここは、今は舗装だが、当時は砂利がしいてあったらしい。
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C h i e k o ' s H o m e C o u n t r y安達町公共施設TELガイドのページ(http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/adachi-old/tourist/view.html#c)の力を借りて、 この辺りの賑わいの様子を想像した。

  馬方が、問屋前の役前に集り、馬を掘端につないで荷分けを待っている。道路に面して「緑」が出され、馬方は思い思いに、ここに腰をかけて問屋の言い渡しを聞く。
  配分を聞いた馬方は、荷をつけて出発する。ここの馬方は上り荷が多かった。

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 8丁目まで下がっていき、その宿の問屋から荷をうけとり、坂を上り下りして、二本柳弘法清水の側を通り、土止め石の敷きつめてある道を上り、左に折れて二本柳宿に入る。ここで、馬に水を飲ませ、自分も一服といったところだろうか。この宿場の各家には道路側に「しとみ戸」をつけ、緑がついていて旅人の休み所ともなったとのことだ。

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 坂を降り始めて直ぐの左手に井戸は、「弘法清水」といい、周辺に二本の柳を挿し、災害鎮護の加持祈祷を行った旅僧の伝承があるという。


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 八丁目宿に向かって暫く行くと、左手に「七人の墓」が建立している。説明はないが、これも、新政府軍によって野ざらしの東軍兵の遺体を弔うことを禁じられたものを、村人が葬ったものだろうと思われる。
by shingen1948 | 2007-07-11 05:08 | ◎ 奥州街道 | Comments(0)