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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「一元的な価値押しつけの道徳は、道徳教育を空洞化させるという主張」に賛成

「朝日新聞(2007.4.27)」の私の視点で、聖心女子大准教授(哲学・倫理学)加藤和哉氏は、教育再生会議が道徳を強化にしようとすることに対して、「心配な道徳を教科に」と題して批判した。
 道徳が、一元的な価値観の押しつけに留まらずに、道徳教育そのものを空洞化させる恐れがあるとの意見だ。
 
道徳は、むしろ、各自が悩みつつ行動し、失敗や後悔を重ねる中で知恵を身につけ、人間的に成長することで、より正しい判断ができるようになるものだという。
 伝統的な倫理観は足がかりでしかなく、継承することと改めるべき事を見極めていくことが大切であるとした。また、異なる価値観を持つ者とどう対話協調していくかもしっかり見極められるようになるように考えなければならないという。

 
伝統的な価値観が揺らいでいるとの問題提起は、伝統的な価値観では立ちゆかなくなった社会に生じた不公正や矛盾に子ども達が敏感に感じているのが本質とのこと。
 道徳が教科になれば、疑問や葛藤を封印し、与えられた正解を口にするだけで済まそうとするようになる。そうなれば、子ども達の道徳的な成長の場が学校教育からまますます失われることになると批判した。

  一方的な価値観を押しつけるだけでは、問題は悪化するだけだという批評は「愛国心」についてもあった。そのことについては、滋賀県立大講師武田俊輔氏の「柳田国男と愛国心」と題した評論を読んで、愛国心を国民に強要することになじめない自分の感覚を書いた。
 最近の国の動きは、劇画風で、二者択一の価値観論議で、いっけん分かりやすく感じさせるマジックが怖い。それが道徳的であったり、奉仕を主張されたりすると、素人には否定しにくいから始末が悪い。
 しかし、それでもきちんと主張しなければならないのは、正解として矮小化した価値観をもっともらしく押し付けることは、疑問や葛藤という経験を通して、考えを見極めていくことの大切さを失うことであるということだ。そこが変だと自分の感覚で説明できるようにすることが大切なのではないかと思う。
by shingen1948 | 2007-04-27 20:12 | ☆ 教育話題 | Comments(0)