地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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稲荷公園の陰は、人々の心の故郷

  万世大路の元標を訪ね、飯坂口までの県庁通りの中間地点が稲荷公園である。時々立ち寄るが、神社としてお参りするのではなく、街道沿いの一神社としてみてみることにする。
  すると、ここは、もともと民間の信仰の場所だったように思えてくる。現代では神様は、神社でありお寺である。神教か仏教で割り切っているが、割り切ったのは、明治政府の政策によるものだ。
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  その明確に分けられた宗教の考えで、稲荷神社でも整備が進んでいる。太子堂等は位置的にも整備の邪魔にならなかったので、そのままの位置に置かれたのだろう。その他の民間の信仰物は整理されて、今風の美しさを保っている。



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  この地が、もともと精霊の住む場所だったと思われるのは、整理されてしまった信仰の物が、陰に残されていることで分かる。また、木々の様子からもそのことは伺える。立て札の説明版などを設置して、そこに再び光を当てようという試みを感じることが出来るのは嬉しいことだ。



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  足尾神社などは、どの集落にもあったものだ。「旅をする(~参り)」講の記念碑でもあり、皆が旅に出ることが出来るわけではなので、旅をしている人の位置を確認し、想いをめぐらし擬似体験する場でもあり、無事に旅が出来る健脚を願う場でもあったろうと思う。

 福島の各地で、地域発展の邪魔になった神社も、ここに運び込まれている。また、近代的な生活確保のため、邪魔になった屋敷神もここに運び込まれている。砕けた石碑には、庚申や水神などもあり、近郷の神々もここに集まってきている。
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 神社にとっては影の部分だろうが、人々の心の故郷としてはとても大切な部分ではないだろうかとも思う。
by shingen1948 | 2007-04-08 19:46 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)