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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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万世大路 ~ 現在の飯坂街道

  泉地区の飯坂街道は、歩行道と馬道と、そして、現在飯坂街道といわれる三本の「飯坂街道」が通っている。a0087378_20281768.jpg
 現在の飯坂街道と称している道路は、北沢又までの万世大路とそこの三叉路から新たに飯坂方面に建設された道路の名称である。佐藤静雄氏の「飯坂道の今昔」の中では、「明治14年万世大路、明治16、17年ごろ万世大路から北沢又村成出で分岐した新道、即ち飯坂街道開通」という言い方をしている。
  写真は、現在の万世大路から北沢又村成出で分岐する地点の様子である。

  「栗子峠にみるみちづくりの歴史」によると、福島米沢間の奥羽街道を万世大路というのは、明治天皇の勅定により命名されたものだとのことである。万世という名称は、書経の「万世永頼惟汝功」より引用したものとのことである。福島市にも、米沢市にも万世町という町名つけられていて、現在も現地ではこの呼び方は通用している。
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  先日山形美術館名品展で、この万世大路の栗子の地点の様子を描いた高橋由一の「栗子山隊道」の絵を観たような気がした。しかし、出品リストを確認すると、山形県景観画集(山形県指定有形文化財)水彩53点のうち6点となっているので見間違えかもしれない。
  私が知っているのは、石版画だ。白河で由一の絵画を展示するとき、歴史民俗資料館学芸員の加藤純子氏は、以下のように由一の風景画について説明している。
由一の風景画は、それまでの作品に多く見られる名所絵的構図を引き継いだ風景画とは別の完成度の高い作品として評されています。由一の写真のような明治写実主義は、技術的解明にとどまり、美学の裏付けを持つに至らなかったともいわれていますが、その功績は、江戸洋風画から近代洋画への橋渡しという、日本美術史上、重要な役割を担ったものといえます。

 由一の写実的な表現力は、記録画として最適なもので、三島道庸が栃木・福島・山形で三島の行った道路や建築など新事業を写生し彼に工事の様子を描かせた理由が納得できる。
by shingen1948 | 2007-03-26 20:37 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)