地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「筆子その愛」を観て⑥~人目に触れるようにすること

 最近、障害のある方を見かけるようになったという感想を話す方が多くなった。特に、5~60歳代の方は、「自分が小さい頃は、近所に障害をもつ人は見かけなかったなあ」という。統計を見たわけではないが、障害を持つ方の数が増えたわけではないだろうから、外に出る機会が増えたということだろうと思う。
 筆子その愛の映画では、柱に縛られたり、座敷牢のようなところに隔離したりする場面が出てくる。つい一時代前と思ってしまうが、隔離の感覚が少なくなったのは、それほど古い時代ではない事が分かる。人間としての扱い方になってきていただろうが、他の人の目を気にしないでということになっていたとは思えない。愛情のある親近者にとっての感覚としては、他の人目に触れさすことは、さらし者にするという感覚があるのではないだろうか。
 健常者の場合、我が子のかわいさを前面に出そうとする親心が普通である。これが、障害を持つ子どもでも、そういうことが普通になった時代になっただろうか。今でも勇気が必要な時代なのではないだろうか。
 筆子は、社交界の交友にも我が子を連れ出していたと描かれている。そのことを批判する外部の人目も描かれている。現在では、表面切って言う人は少なくなってはいるだろうが、奇異な視で見る人はいなくなったと言い切れる時代になったのだろうか。

 お手伝いのさとは、障害を持つ我が子を人目に触れさせようとしたり、自立させようと手放したりする筆子に、かわいそうだと訴える。これが実話に基ずく話なのか、筆子の心に住むもう1人の筆子の心情なのかは分からないが、筆子に迷いがあり、迷ったあとで、踏ん切りがついて行った行為であることが想像できる。
 曝していると他人が感じるぐらい前面に出すには、親としての差別感をふんぎることであり、そのことが、第三者に存在をアピールし、共に生活することについて考えてもらうきっかけになるのだと思う。しかし、今でもこの踏ん切りは難しいのではないかと思う。

 映画では、筆子が信念ある生き方になったのは、石井氏との出会いで、彼の施設に我が子を預けたこととして描かれているが、一生を貫く信念が出来上がったのは、この行動への踏ん切りであったと、私には思える。
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by shingen1948 | 2007-03-17 10:34 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)