地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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休日でしかない祝祭日

  旧暦12月27日月齢25.96友引己卯
本日は月は出なかった。朝は、べた雪


最近、祝祭日について話題になることが少なくなった。それは、休む意義について意図することがなくなったからだ。
祝祭日には、二つの側面があった。
その一つは、現在も続いている休日としての側面である。二つ目は、祝日を定めた意味の側面である。
経済効果等、数値でその効果が現れるのは、休日としての在り方の側面で、これによって、祝日は変更されてきた。祝祭日を使って連休にする効果で、旅行業者等の経済効果を高めるという利用は分かりやすい。
二つ目の祝日を定めた意味の側面はもう消え失せている。
  例えば、成人の日だが、この日に、成人式を行った自治体はどの程度あるのだろうか。少なくとも福島県内では無かったと思う。成人の日を月曜日に持ってきた。だから、交通の便宜を図って前日の日曜日に成人式を行い、成人の日は旅行日になるというアイデアが、実態ではないだろうか。もう成人の日の意味は考えていないのだ。成人の日に込められた願いといったものは、重要でない。心のありようは経済効果がないからだ。
  私の周りだけの話しだが、親子または学校で、祝日について、何の日で、何故この日なのかということを教えなくなった。祝日は、本来の意味を無くしたのだ。

  そこに、労働政策審議会の分科会委員の奥村禮子氏の「過労死は自己管理の問題」という発言を報じる2007.2.8「朝日新聞」の報道が目に入る。
その中で、付属的に扱われてはいるが「祝日もいっさいなくすべきだ」との発言部分がある。「発言の一部分だけを捉えた質問は遺憾だ。倒産しても、会社は社員を守ってくれない。早くから自律的な意識を持つべきで、労働者への激励のつもりで発言している」そうだが、彼女の祝日の概念は、休日の側面しか考えていないのは明らかだ。

  氏を批判する意見も、祝日の意味の部分を欠落している。経済論理のみを求める点で、どっちもどっちで、同類だと私には思える。

 なお、厚生労働大臣のコメントによると、「私どもの考え方ではない」そうだ。
by shingen1948 | 2007-02-14 19:57 | ☆ 教育話題 | Comments(0)