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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飲料水文化を支えたのは「合併しない」意識か

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  福島市水保地区に、飲料水とのかかわりが、こだわりとして現在まで受け継がれてきたのかということを考えていくと、地域の合併の歴史がかかわっているように思えてくる。
 水保地区は、福島市の吾妻地区に属するのだが、この吾妻地区が福島市に合併するのは、1968年で、近郊では最後まで合併せずにいた。
 その間の福島市の合併の経緯は、以下の通りである。

1954年には、旧市・渡利・岡山・鎌田・瀬の上・余目・清水・杉妻が合併
1955年には、笹谷・大笹生・吉井田・荒井・大波・立子山が福島市に合併
1956年に、佐倉が福島市に合併し、1957年には、野田が、1964年には、飯坂が、1966年には、信夫・松川が福島市に合併している。

 その吾妻地区の中での合併も遅く、この水保地区を含む三村が合併するは、1956年であった。福島市の合併の様子を参考にすると分かるように、福島市では、このときまでに、飯坂松川地区を除いて、総て合併が済んでいたのだ。
 この地区は、最後まで、合併をしない村として頑張ったのだ。それが、飲料水を市民文化のレベルまでに高めた一因だと思うのだ。
 水保地区が属する吾妻地区の合併していく様子は、次の通りである。
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 吾妻地区とは、「むら」から行政としての「村」に移る経緯の中では、李平・町庭坂・在庭坂・二子塚・上野寺・下野寺・笹木野・八島田・桜本・土船・庄野の村であった。
 まず、桜本・土船・庄野地区が合併して水保村になる。この時、上野寺・下野寺・笹木野・八島田が合併して野田村になっている。また、李平・町庭坂が合併して、庭坂村に、在庭坂・二子塚が合併して、庭塚村になってる。いわゆる小学校区の形成である。

 それ以来、1954年に、庭坂村と庭塚村が合併して、大庭村になるまで、合併の動きは無かったのだ。動きの少なさが、独特の文化を生み出していたのだ。

 さて、安達郡では、昨年合併により二本松市が誕生し、平成19年1月1日には、本宮町と白沢村が合併した。その結果、安達地区は、二本松市と本宮市と大玉村となった。大玉村は、合併しないことを選んで、安達郡の名称は、大玉村だけになった。
 福島市水保地区の飲料水文化を見ていくと、大玉村では、どんな文化を残すのかということが、気になってくる。
by shingen1948 | 2007-01-27 19:04 | ◎ 水 | Comments(0)