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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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清水が飲料できるありがたさの碑~「源兵清水」

  今のように、どこに住んでも、飲料水を得るのに何の苦労もなく確保できるという時代になったのは、それほど古い話ではない。井戸や清水など豊かな水源を有する地域は、それを地域の自慢であった。そうでない地域は、川の水が多少汚くても飲料にせざるを得ないということもあった。煮ることで消毒し、それを飲料に供するという所はかなりあった。
  今は、水道が整備され、ほとんどの地域で、蛇口を開けば、浄水された水が出るのは当たり前になっている。しかし、その分水のありがたさを感じ る感性は弱くなってきている。

  その水のありがたさを感じていた頃が忍ばれる記念碑が、福島市の水保の土船地域に建っている。この記念碑については、昭和52年(1977)6月20日の「福島民報」か゛「道ばたの文化財(649)」として伝えている。
a0087378_1859025.jpg  その記事の説明によると、その碑は、「源兵清水」の顕彰碑だという。その碑に書かれているのは、次のような概要であるとのことだ。
  水保地区は土壌が強い酸性のため、井戸が掘れず、飲料水を付近の川から汲んでいた。衛生上好ましくないので、明治二十三年に、土船区長梅津与治兵衛と梅津源兵衛の両氏が資金を投じて付近の清水から約二百九十㍍に渡って土管を引いた。碑はその完成を記念して建てられたものという。この清水は、今は無いが、昭和八年に清水が枯れるまで、この清水は飲料水として使われていたという。その装置の名前を功労者の名前をとって、「源兵清水」と呼んでいたということだ。 

  水のべんがよくない地域や、井戸や清水がない村では、付近の川の水を飲料に使わざるを得ないという状況が説明されていて、清水からきれいな水が確保できた時の喜びを感じとることができる。(※ なお、ここに貼り付けた碑の写真は、昨年十二月に現地を訪れたときに撮影したもので、現在も健在でることを確かめた。)

  実は、この井戸が涸れた後、この地区では、とてつもないことを実行する。自分たちで共同組合を作って、吾妻山の伏流水を、水源にして延々と水道を引いてきてしまったのだ。それは、現在も飲料水として現役で使われている 。
by shingen1948 | 2007-01-11 19:03 | ◎ 水 | Comments(0)