地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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磐梯熱海の湯

磐梯熱海温泉に行く機会があった。何度か立ち寄っていたが、温泉にそれほど興味がなかったので、泉質にそれほど拘っていなかった。それが、最近は立ち寄った温泉について確認するようになっている自分がいる。
  磐梯熱海温泉のホームページによると、この温泉街は、どの旅館も、同じ源泉を使用しているとのことで、その泉質が記載されていた。
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  立ち寄った旅館でも、この湯を引いていた。説明には、無臭とあるが、ややイオウのにおいを感じた。旅館では、浴槽付近に、滑りやすいので注意するようにるとの注意書きをしている。これは、この湯が美人の湯というふれ込みでわかるように、アルカリ性のためである。温泉に入ると、肌がぬるっとする。
源泉名  郡山市営第1号泉、第4号泉、第7号泉統合泉
湧出地  福島県郡山市熱海町熱海5丁目26番地(第1号泉、第4号泉)    
福島県郡山市熱海町高玉字切払3番地(第7号泉)
泉  質  アルカリ性単純泉(掲示用泉質名 単純温泉)
泉  温  53.0
知覚的試験 無色・透明・無臭・無味
pH値 9.1
適応症(入浴により改善が期待できる疾患及び症状)
(1) この温泉固有の適応症   きりきず、やけど
(2) 温泉の一般的適応症
神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え症、病後回復期、疲労回復、健康増進

a0087378_21434826.jpg この旅館では、独自に源泉を所有する古くからの名湯があり、泉質は単純温泉。pH9.28だが、泉温は37℃とぬるい。また、においもやや強めのような気がした。
「ぬる湯」に先に入ったら、冷たくて入れなかった。一度、温まってから入りなおしてみた。

この温泉の由来は、以下のように説明されることが多い。
 
今から650年ほど前の南北朝時代に、万里小路重房という公卿の一人娘だった萩姫は京中で指折りの美女といわれながら、原因不明の病を患っていました。ある日、萩姫は「都から東北へ五百番目の川のほとりに霊泉あり」との不動明王のお告げを聞いて旅に出ると、やがて五百川の上流に湯煙の立つ温泉を見つけ、湯治を始めると病が全快しました。その後、萩姫は奥羽を鎮定した北畠顕家に付き添われて京に戻り、幸せな日々を送りました。以来、磐梯熱海の温泉は「美人の湯」として語り継がれています。

しかし、ある旅館のホームページに、「湯元発見」と題して、磐梯熱海の温泉について、実話に近いのではないかなと思われる説明があった。

高玉に、浴場の設備もなく、河原石をつんだ野天風呂があつた。 元文3年(1738)村人は上がり湯の造営を願い出て、本宮組代官が聞き入れ、湯槽を新たに構えた浴屋を作らせた。 時の藩主丹羽公は、春秋二度のほか必要のたびに熱海の温泉を二本松城中に運ばせたという。 天保三年(1832年)に浴槽を改築して石垣とし、雨覆小屋を建設する。明治九年共同家屋を建設する。同二十一年には二階建ての浴舎ができる。
  当時の旅館(松本屋、会津屋、小松屋、若松屋、海老屋、淀屋、吉野屋、元湯)は共同浴舎を利用していたが、同三十六年独自で浴槽を持つ内湯営業旅館もでき、次第に温泉町としての形をととのえていった。 新湯は、停車場の前の内湯、明治三十五年に佐藤久作氏が発見し、翌年より内湯を開設する。男女別の浴槽と客室六間があった。

by shingen1948 | 2006-12-28 21:48 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)