地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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現実生活の中での「クマと生きる道」

  朝日新聞2006.11.26「クマと生きる道」と題して、日本ツキノワグマ研究所の所長さんが、クマと人との共生の道を探る記事が載っていた。
人に危害を加える害獣としての防除と絶滅を危ぶまれる種としての保護という対立する課題について、どう考えるのかということである。

 頭の中では、この課題については、理解していたつもりでもあった。だから、こういった記事にそれほど興味を持って読んでいなかった。
ところが、いいかげんなもので、自分は今クマの出没地帯にいるらしいと認識した時、理解していたはずのことが、あっさりと崩れ去ってしまうのだ。それは、共存の意識よりも、人に危害を加える害獣を防除して欲しいとの意識が強くなっている。勝手であると思われそうだが、絶対に出会いたくないというのが正直な気持ちだ。
 玉井地区の人々もそうだろうと思っていた。確かに、村の中でも街場の人々は、私に近いように思えた。しかし、山沿いのいわゆる「山入村」に所属する人々は、それほどの強い意識がないようなのだ。聞かれれば「家の庭に、夜クマがいたよ」というような話はするが、ごく日常的な出来事でしかない。共存的に生活することに、それほど抵抗を持っていないのだ。

記事では、「里グマ」の出現の原因について次のように捉えていた。

過疎と高齢化で耕作放棄による人の気配の消えた里山で、木の実を食べているうちに人家に近づき、人と出くわすことになる。また、里では柿や栗が放置されている。薪や炭として短い周期で伐採されていたコナラやクヌギが生長したため、たくさんのドングリをつける。
里側にいい餌場ができたしまった。

里グマの出現を防ぐ方策については、要約すると以下のようなことだった。
森と集落との緩衝地帯としての里山を復活することが、クマと出会わない鍵になる。そのためには、里山に耕作地を復活したり、人里に接する耕作放棄地の雑木や草を、刈り取ったりする事が大切で、見通しの良い緩衝地をつくるることだという。また、何らかの方法で、放置された柿などを処理する努力が大切だという。

出現してしまったら、捕獲されたクマに唐辛子スプレーを浴びせ、人間界は怖いと学習させて奥山に放すとのこと。これが、西中国で始まったクマを生かして害を防ぐ奥山放獣の試みとのことである。

更に、朝日新聞2006.12.13には、「また、クマの大量出没特異年」として、子ども向けの「ニュースがわからん」という囲み記事を載せていた。
その見出しは、「ブナの実凶作、エサ求め人里へ」と題して原因を掲げ、副見出し「捕獲しすぎで狩猟自粛も」と題して、保護の大切さも訴えていた。
その記事の中に、本年度福島県の捕獲数の状況が、数字で紹介されていた。捕獲は423頭で、そのうち放獣が5頭とのことであった。

自分として、この福島県の現状をどう読みとるか、自分の生活の中での正直な感情と、理屈で分かるクマの保存をどう折り合いをつけて考えるかという問題である。それは、折り合いをつけている「山入村」の文化をどう探り、どう理解するかということで解消するような気がしている。
by shingen1948 | 2006-12-14 05:01 | ☆ 環境話題 | Comments(0)