地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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[「個性」を煽られる子どもたち]の子ども認識に納得

「個性」を煽られる子どもたち―親密圏の変容を考える|Excite エキサイト ブックス (文学・本・読書)
 最近の子どもがかかわった犯罪の問題で、その心理がわからないことが多かった。一体何が問題なのか良く見えなかった。本書で、そのことが、みえかけてきた思いがしている。
 本書は、第三章からなる論で、本論は、第二章からの展開で、個性に煽られる子どもの姿を描くことが中心だろうが、その前提として、第一章で子どもの認識変化について論じられているのだが、そこで納得してしまうことが多かった。
今回は、納得がいったこの第一章の部分を要約しておきたい。

この第一章のテーマは、親密圏の重さと公共圏の軽さだ。

 親密圏の重さについて四つの視点から、変化を捉えている。
 その一つは 親密な友人の規定についてである。
 大人の概念では、自分の率直な想いをストレートにぶつけることのできる相手が「親密な友人」である。「素の自分が表出」でき、「人間関係破綻の恐怖心」など考えない関係と考える。それが、親友・家族(両親・兄弟)である。
 ところが、現代の子どもは、「親密な関係」とは、ストレートな気持ちを抑え込んで、「相手との良好な関係を保つ」ことであり、「装った自分の表現」する関係だというのだ。
その二つは、失敗で何に恐れるかという点だ。
大人の概念では、「自分の将来への影響」とか、「自意識が損なわれること」と考えるが、 現代の子どもは、事実が友人や家族にばれて、「関係が気まずくなること」だという。
その三は、コミュニケートの現代の問題点とのかかわりでもある。今、見知らぬ相手とコミュニケーションをすることは、制限することが多い。インターネット指導もしかりである。本来人間関係の多元化を求められる道具も、すでに存在する人間関係の濃密さを増すことになるようにつかわれているという。
その四は、犯罪と凶器使用の状況だ。強盗に数えられている犯罪の犯し方が違っているという。昔は、運悪く摘発された場合に備えて、凶器を準備して恐喝していた。それが、今は、短絡的に気分や勢いで、短絡的に思わずその辺のものを手にして脅迫や暴行を働いているという。しかも、相手に対する思いは、無感情であるという。憎しみとか、怒りといった感情はなく、狩りの感覚だという。
強盗事件でも、金銭要求をして、拒否されたので、凶器を用いるということではなく、 いきなり一方的に暴力をふるう。抵抗できなくして財布を取る方が簡単だという感覚だとのこと。そこには被害者という他者は存在しないし、反省しても、謝罪はしないという。

親密圏の重さに比べて、公共圏の軽さについても考察している。
大人の概念では、公共の場では、他者を認識し、装った自分を表現するのが普通である。ところが、現代の子どもは、他者を認識していないし、素の自分の表出ができる空間だというのだ。だから、親しい間柄には、過剰な優しさと細かい配慮が必要となり、過剰な配慮で、つながりに脅迫された日常になるという。そのためには、対立点の顕在化させない優しさのテクニックが必要となる。【とりあえずの……】【私的には、……決めたみたいな】といった断定を避ける表現技術や、【フェイスマーク】の活用などその表れとのこと。
 わずかな読み違いで、優しい関係は容易に破綻の危機にさらされてしまうほど危うい関係である。個々の体験を通した関係構築では無いからだ。関係を保つには、物理的につながっているしか術がないという。犯罪においても互いにつながっているためのネタにすぎない場合があって、古い感覚で言う、動機なしの犯罪となるという。

全文を読み通す前に、この観点から子どもに関わる問題を確認してみたい。そうすれば、何かが見えてくるかも知れないという感じがする。
by shingen1948 | 2006-12-11 20:09 | ☆ 教育話題 | Comments(0)