地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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水林自然林の親水公園~四季の里公園

 福島市の地を探索したいと思ったとき、それをサポートしてくれる資料はかなり充実している。その中で、私は半沢光夫先生のフィールドワーク資料を中心に頼ることが多い。先生の書いてくださったフィールドワーク地図を見て、追試しながら体験していくことを繰り返している。そうすると、そのうちにいつか自分もその世界に溶け込んで、自分の考えが半沢先生の世界に融合されてしまう。

 先生の残されたフィールドワーク資料は、地図とメモの形で、歴史とフィールドワークを融合させて記述されている。素人の私を、専門家に近い所まで導かれたと錯覚してしまうほど、探求の楽しさを教えてくれている。
 
 その半沢先生の「荒川・水林自然林あたりのフィールドワーク」資料には、興味深いメモが三点ある。
 その一つは、近代、川の対岸同士の堤防の強化合戦で対立した和解記念碑の記述である。
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 二つ目が、「かすみていぼう」の解説のメモされたものである。「かすみていぼう」は、流れの強い川に作られる。急流の水は大水の時に、堤防を破ってしまうが、「かすみていぼう」ははじめからあちらこちらをあけて築く。大水のときはその隙間のところから外に流れ出すが、また下流の開いているところから本流に合わさるように考えて作られた。これは、古くからこの地に残る堤防のかんがえかたのようなのだ。

 三つ目が、水林自然林についての記述である。ここは、大水が田畑を襲わないように防水林として何百年も前から大事に守り育てられてきたとのことである。また、林の中にはかすみ堤防も残っているとある。

 「四季の里」の公園は、最近、この水林自然林の中に作られた公園である。ここを訪れたとき、「かすみ堤防」はそのまま残されていることは、確認してきた。そこで思ったのは、この「四季の里」の公園は、平常時は「親水公園」だが、大水が襲うことがあったときには、クッションの役目をすることも担った公園だということになる。
 こんなことを考えながら地域を探索できるのは、半沢先生の残されたフィールドワーク資料のおかげだと感謝している。
 行政任せになってしまった治水は、この荒川の場合はとても危ないと思う。常にそこに暮す人々が、川との付き合いについて意識していなければならないはずだ。そこをつないでくれるのが、先生の功績だと思っている。
by shingen1948 | 2006-11-26 12:13 | ◎ 水 | Comments(0)