地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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聖地を失うことは、心の故郷を失うこと

 図書館で、「地域の自然と景観」という片野伸雄氏の個人雑誌を見つけた。
 ここに、大名倉山が紹介されていた。「あだたらを知る会」では、本年度この山に登ったはずだが、参加できなかったが、気になる山であった。
 この本の中で、この山について次の概要について、手書きの絵をもとに紹介していた。
 
 頂上付近が東北高速道路のため、砂利採掘が行われたことと、このことによって植物相が貧弱になった様子が紹介されている。
 また、頂上付近にあった社が、業者によって下の方に移されたことと、そこには立派な石の仏様がたくさん並んでいるがあまり訪れる人はいないとの紹介されている。

 ここから、山頂付近は、恐らく風化した花崗岩であろうと推測する。
 東北高速道路に利用された山には、20年程前出会っている。福島の文化財の地図をみて、古い登り窯の存在を確認したくて散策した時だった。出会ったのは、削り取られた山肌だった。
  地主を見つけて話を聞いたら、東北高速道路工事用に売ったとの事だった。勿論、古い登り窯は消えていた。ここが、福島の南向台への登り口だ。ここも良質の山砂であった。
 山頂の地質の特色は、名倉山が、約700万年前の火山だったとの紹介からも伺える。

 私が最も気になるのは、社が業者によって下の方に移されたという記述だ。植物相が貧相になったり、下ろされたから訪れる人がいないといったことよりも、もっと重要な意味を持っていると思うのだ。

 それは、そこに暮す人々の聖地を維持し保全するのには、集落の意志が働いていたはずだからだ。
 社にはそこに行く小道が必要であり、草削りなどの維持の作業があったはずだ。祭りがあれば、年に一回は、必ず足を踏み入れなければならない。この必ず年に一度は足を踏み入れる装置こそが、集落の意志のはずだ。その装置が外されたのが、山頂の砂利採掘であったろう。 社を下げて、便利になったのは、山に登らなくても、神を祭ることができることであり、そこまでの整備作業がなくなったことである。山に登らなくなったことで失ったものは、最低一年に一回は登ることによって、改めて集落を俯瞰(ふかん)する生活する場の全体を見渡し、心に刻み込む経験であり、山頂に人間が入り込む道を失ったことである。しかも、暴力的な破壊は、氏が述べるように、自然の貧相を引き起こし、村人の意識からも消え去ったことである。

 大げさな言い方をすれば、心の中の故郷の一つを失ったということだと思う。
 
 
by shingen1948 | 2006-11-23 19:56 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)