人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

産婆さんを讃える碑

 十九夜講の石碑の隣に、産婆さんを讃える碑があった。大正時代に建てたようでる。a0087378_531256.jpg
 吾妻の里で、江戸時代の寺小屋の師匠の碑を見つけたことがある。その方は、学校というものができたときに、初代の学校の先生になった方のようであった。碑の内容は、初代の学校の先生という事で讃えている。しかし、この方の本当に尊敬されたものは、その栄誉ではなく、寺小屋の師匠として、教え子の生活、進路、生き方について、常に相談相手であったことであろうと推定している。その先生が、栄誉を受けたという意味だと思う。
 一斉に効率ある指導をしたというのは、明治以来の学校で、知的な部分では功績をあげたが、人間くささは失われてしまった。日本の本来の教育システム寺小屋では、一人一人が生きていくのに必要な知識やスキルを育てていた。だから、師匠は其の後の生き方まで付き合う責任があったのだと思っている。
 それに対して建てた教え子の石碑なのである。

 ここ山入に近い「安達太良の里」では、それが、産婆さんだったということであると思う。生命体としての自分たちに関わる存在としての尊敬だろう。産婆さんにしてみても、自分が関わった一人一人への思いがあるだろうから、其の後の付き合い方も厚かったのだろう。金銭と生命体の尊厳を保つといった対立の場には、惑うことなく生命体の尊厳を選んでいるのはごく自然だ。

 私には、昔の人々の考え方の豊かさは、類を大切にすることだと思える。その視点で、類を考えてみる。「寺小屋の師匠」と「産婆」とを仲間と考えれば、「尊敬の思想」になる。「月待講の石碑」と「産婆さんの功績を讃える石碑」とが仲間と考えれば、「人間関係」、「生命体」であろう。「月」と「如意輪観音」と「それらの石碑」の関係は、「神秘なるもの」である。

 つまり、ここは、「崇高なるもの」「生命の神秘」、「尊敬」と「仲間」という宗教観に満ちている空間だということだと思っている。
by shingen1948 | 2006-11-18 05:33 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)