地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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責任究明と原因究明を分けてみる

この人この世界 2006年8-9月 (2006)|Excite エキサイト ブックス (文学・本・読書)
 これは、だから失敗は起こるとの題で、NHKで放送された番組のテキストである。

 失敗学に学ぶ一つの方策に、責任究明と原因究明とを分けて考えることの大切さを訴えていた。再発防止につなげるには、純粋に原因究明の姿勢が大切とのことである。

 いじめによる自殺問題も、失敗学に学び、再発防止のため、責任究明と原因究明を分けて考えてみた。その題材に、2006.11.8「福島民報」の、「いじめ【子どもの孤立】見逃すな」の題の論説を選んで検討してみる。

 記事の概要を以下のように読み取った。

 まず、自殺予告まで出てくると学校現場で何が起きているか不安になり、学校現場で、子どもの心をもっと読み取ってやろうとすることではないだろうかと問題解決を提起する。

 次に、自殺予告の手紙の重要性を、国に子どもから自殺予告手紙を届くことは今までなかったことと、文面から差出人の苦しみやりきれなさが伝わって来るという二点におく。
 そして、国に発信したのは、悲惨な実態を広く知ってもらいたかったからだと推定する。

 更に、岐阜県の中学生の遺書を残して自殺した事件の自分を追い込んだ四人に復讐した形になっていることいじめが生んだ悲しい連鎖としていると、悲惨さを述べる。

 そして、いじめ自殺で、学校側が一貫性がなく、それは生徒の死という思い現実と向き合わないで、体裁を装っていると描写することと、それが教育者として人間性の欠如をうたい上げ、原因について論究する。

 その一つが、基本的な考え方・教育指導の在り方に欠ける教育者がいるから、いじめが起きているとする。

 次に、先生方は、時間がないから子どもたちの心に目が届かないのを言い訳をしてはいけないといい、いじめられる側はじっと耐えているのだからと言う。

 更に、子どものサインを見逃さず、心の受け皿をどうつくってやるか。先生も家庭も地域も問われていると結ぶ。

 この論説には、原因追及と責任追及が混在していることは明白である。失敗学に学ぶため、原因追及のみを選び取ってみることにした。

 まず、問題提起は、子どもの心をもっと読み取ってやる必要があるということである。その原因としている部分は以下の二点である。
 ① 学校側が、教育者としてというより、人間性が欠如している。
 ② 基本的な考え方・教育指導の在り方に欠ける教育者が存在する。

 次に、対策は、先生方が、時間がないから子どもたちの心に目が届かないのを言い訳をしないこととしている。
 更に、新たな課題として、先生も家庭も地域も、子どものサインを見逃さない、心の受け皿つくりを提起している。

 ここまで作業を進めると、評価はしないが、この論説では原因が究明できず、再発防止の論旨にならないことが分かる。
 
 評論の本質を見極めるのにも、失敗学が役立ちそうである。
by shingen1948 | 2006-11-08 21:02 | ☆ 教育話題 | Comments(0)