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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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死を自己主張の道具にしない[子どもの文化形成]を

Excite エキサイト : 社会ニュース
北海道滝川市の小学校教室で6年生の女児がいじめを訴える遺書を残して自殺したことの報道が、今回の自殺のハードルを低くした要因になっていないと言い切れるのか。 
 あの報道の経緯が、死をもって訴えることに肯定観を持つような文化を、子どもたちに形成してしまったという心配はないのだろうか。いかなる理由があろうとも、死を持って自己主張することを否定する文化形成の努力をすべきだと思うのだ。

 今、大人社会も含めて、なんとなく孤立感がみなぎっている社会である。そういう中での報道は、自分を分かってもらう手段として死を持って訴える方法を使ってはいけないとする文化形成に反していないかを常に配慮して報道してほしい。

 今回の事件報道では、日本人に存在する死を持って訴えることの潔しとする文化を、まだ未熟な子ども社会の意識に持ち込まない配慮が必要だ。その上で、冷静に陰湿ないじめ問題に立ち向かう提案であってほしい。
 そのためには、あの事件報道で世論を動かしたマスメディアの対応が、どういう文化形成になる経緯になっているかを立ち止まって考えることも必要とも思う。
Commented by なつ at 2006-10-14 10:04 x
私は別にハードルを低くしたようには見えませんが。
いじめをやられてる側からすると、つねに限界ぎりぎりの精神状態でしょうから、もうこれ以上耐えられないという境界線を越える何かがあったとき、逃げ道はないんだと思ったらそういう行動にでてしまうとか。
そんな難しいことを大人が言っても、分析しても、実際はもっと単純にそれだけ辛かったということじゃないでしょうかねぇ。
私は、いじめられる側にこれ以上、死なずに辛くても耐えろ!と忍耐を求めるよりも、いじめて人をそこまで追い詰めたら、追い詰めた側がどんな目にあうか、社会的制裁だけではないものをわからせたいと思いますね。
だってかわいそうじゃないですか。
生きていくためにこれ以上強くなれなど、いじめた側の精神的弱さを責めているようにも、本人は受け取ると思いますよ。
自分がだめな人間だといわれているように感じるかもしれないしね。
Commented by ろん at 2006-10-14 10:43 x
鬱の患者に「頑張れ!」ということがタブーであることが
ある程度広まるまで時間を要したように
シンさんの言われる「周りが騒ぐから」論が
根本的な原因から上手く世間の目を逸らし
責任の所在を誤魔化す手段になってる事こそが、一番の問題かと。
Commented by shingen1948 at 2006-10-14 10:53
 こういう問題の背景には、いじめを受けた側といじめをした側だけでなく、それをとりかこむ側が存在します。そして、それを遠くから見ている立場があると思っています。直接的にいじめ、いじめられる関係に対する対応は単純にいじめはよくないという基本姿勢でよいのだと私も思います。 関係に携わる立場にいる人は、それを取り囲む側への対応も必要です。決して傍観者やいじめに加担することのないように説得していくことが必要だし、いじめられる側の応援隊になっていくように仕向けていくことが大切だと思います。
 私が言っているのは、ここでもなくて、もっと外周部にいて、ある意味、文化形成の雰囲気を形成する立場にいるものの責務についてのつもりです。
Commented by ろん at 2006-10-14 11:13 x
シンさんが、死んだ子供の事でなく
御自分とその高尚なご意見の事しかお話しにならないのは
残念だなと思います。
どこかの教育委員会の人も、終始自分の事しか話しませんでした。

結局、善人ずらした大人(私も含む)が
おっしゃるような「文化」を作って来た訳です。
人を追いつめてへらへら笑ってる様な。
他人の生死や気持ちより、自分の主義主張が優先する様な。
Commented by ばかばかしい at 2006-10-14 11:29 x
現実論、取り囲む側も遠くからみてる側もなにもできないだろう。
だからいじめはなくならない。いじめるやつがいればそこにはいじめられるものが存在する。当人同士しか解決できないのだ。
説得で解決するのならとっくになくなっているとおもうがね。
いい人間がいじめをしているわけではなく、一癖もふた癖もある常識の通じないずるい人間がやっているのだ。
正論自体、わらいとばすやからには、別のやり方でいかないといけないんじゃなかろうか。
Commented by アクロ at 2006-10-14 11:37 x
正論は正論で確かにすばらしいが、世の中正論のとおり進むことは稀なわけで。
理想の社会システムを述べるだけだとただの偽善者にしか見えない。
実際に、現場で人が死んでいるのだから。
まずは、いじめられている人間を直接的に救う方法を考えたほうが良いと思う。
Commented by shingen1948 at 2006-10-14 11:54
 アクロさんの言うとおり、新たに人が1人死んでいること、自分が今直接携わる立場に無いことが条件です。
 このとき、正論を正論として確認しておくことは、大切だと思っています。それは、こういうことが、まるで伝染病のように続くことがあるからです。発信された情報をみて、これはその媒体になっていないことを本当に願う気持ちでみています。
Commented by shingen1948 at 2006-10-14 12:57
 新しい知識や情報に価値を見出す時代になりました。また、今は常識の通じないずるい人間に対応することの必要性がある時代かも知れません。
 それでも、その立場ごとに、みんなが実直に正論を押し通す。無理と分かってもあきらめない。そういうことをめざしていくアナログな人間も認められることが、大切だと考えています。そして、デジタルの世界で、そういうことを訴えることが、少しで増えたらいいなと思います。
Commented by アクロ at 2006-10-15 20:47 x
確かに、まず正論ありきで考えるのは大事ですね。
進めていく過程で、色々ゆがみが生まれてくるのだと思います。

また、私が”直接的”といったのは、現にいまいじめられてる人がいたら、その人をただちに助けるという意味合いで使いました。
必ずしもshingen1948さんが直接という意味ではありません。

また、”直接助けることができない立場にある条件”とか、条件をつけて言うのはいかがなものかと。。。
それじゃ、やっぱり無責任で偽善に聞こえます。
そういう条件を取っ払った視点で上記のようなことを言って欲しかったです。
(”木を見て森を見ず”と言いますが、木と森両方の視点で書いてほしかったです。)
大きな視点で考えるのも大事ですけど、むしろ現に死んでいるという状況ですから、それを助けるということの方が大事なんじゃないでしょうか。
文化がどうとか悠長なこと言ってる場合じゃないと思います。当事者からすれば。
Commented by アクロ at 2006-10-15 20:47 x
ただ、私も少し偏った見方をしてしまったかもしれません。
shingen1948さんが、文化についてのみを考えているということはないと思いますし、
何より心を痛めているというのは皆おなじですしね。
乱文失礼いたしました。
Commented by shingen1948 at 2006-10-15 22:18
 今、直接かかわっている立場の方の動きが報道されています。次のように受け取っています。
 学校は、事実を確認し、次々と明らかにしてきています。そのたびに、社会から批判を浴び続けています。また、亡くなった方の遺族の方は、はじめは、自分も見つけられなかったことへの悔しさのコメントだったようですが、今は、学校がこの問題への対応に甘さがあったことを非難するように変化しています。
 しかし、学校は、それでも淡々と何故彼を死に追いやってしまったのかを検証し続けています。

 私は、いじめを見つけられなかったことへの非難も大切ですが、二度とこういったことが起きないようにするためには、つらくても、死を防ぐことが何故できなかったのかの検証をしていくことの作業を続ける姿勢を持ち続けて、可能性のあることは明らかにしていってほしいと思っています。
 それは学校という組織だけでなく、個人の教師も、周りの生徒も、親たちも、地域も、真摯に自分を正当化することなく検証することが大切だと思うからです。とても辛い作業だろうと思いますが。
by shingen1948 | 2006-10-14 09:25 | ☆ 教育話題 | Comments(11)