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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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働く女性の見方、それは学校給食(食育以前に)

  食育について、新聞の特集記事を読んだ。 
「早寝早起き朝ごはん運動」が、国のレベルで推進されようとしていることや、実践として、学校が朝食を準備しているところがあり、驚いた。しかも、 養護教諭が中心となって、学校が子どもたちに朝食を与えることに、得意げに話す校長談話に違和感があった。
 生活の習慣については、本来個人的な問題であったはずだがと。

 先日、妻の買い物に付き合って上記の疑問が解決した。

 子どもにドーナツのお土産を買うというので一緒についていった。店は満員で、テーブルでは山になったドーナツを母子がジュースを片手にほうばっていた。これが、ちょうど昼時の光景なのである。ドーナツは、おやつではなく、主食になっていたのだ。

 休日に、ドーナツとジュースで食事をすることに抵抗が無くなった子どもを、朝学校に迎えたら、無言で、朝食を出し、食事の大切さを実感させる。昼には、栄養のバランスのとれた給食を提供する。そして、残された夕食は、内容はともかく、家族一緒に取れることを重点に保護者にお願いをする。こうして、バランスをとるしかない現実に妙に納得してしまった。

 給食は、戦後経済的な理由から、食事がとれない子どもの健やかな成長を願ってスタートしたと聞いている。しかし、現在では、法律的な目的は変えていないが、本音での目的は、母親の「子育て支援」として、食事作りの省力化に貢献することだったろう。

 ところが、今子どもたちは、経済的理由からではなく、働く女性の自由と独立のため、食事のとれない子どもの健やかな成長を願った施策が求められていたのだと。しかも、現在は小さな政府が求められる時代である。手っ取り早く学校にまかせれば、何とかなるのだ。

 親は、自らは辛抱しても、子どもたちの将来に期待を込めて学校に送り出しているものだという学校教育は、終焉を迎えていたのである。
by shingen1948 | 2006-10-09 05:47 | ☆ 教育話題 | Comments(0)