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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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散策を楽しむための鳥谷野の古墳情報⑪

 「すぎのめ」の「最近の発掘調査から(柴田俊彰)」では、石造模造品については、特に古墳時代の5世紀にみられるもので、祭祀用としての利用と説明する。

 百科事典等で石製模造品についての確認を進めると、「祭祀遺跡」だけでなく「古墳」ともかかわる遺物でもあるらしい。それはさておいて、最大の特徴は、4世紀に出現して盛行期がほぼ5世紀代に限られるということらしい。
 出土するのは、古墳・集落・祭祀遺跡などの遺跡とのことだ。

 岩田遺跡から出土したという有孔円板と剣を模造した剣形石造模造品は、「福島の遺跡」で写真確認ができる。材質は、滑石などの軟質の石とのことだ。

 福島市史の「祭祀遺跡」を確認すると、伊達市の岩谷遺跡では北東斜面から土製模造品が出土していることが紹介される。
 ここは高子二十境とのかかわりで整理している。「高子二十境と史跡」では、この祭祀遺跡としてもふれている。
 https://kazenoshin.exblog.jp/9403859/ 
 その中で「付近からは丸玉などが出土しているという」としたものが、ここでいう土製模造品なのだろうと思う。

 古墳時代の神マツリの奉納品は、前期の実物から中期に石製模造品となり、後期には土製模造品になったという経緯だったと考えられているという。
 この遺跡を「7世紀頃の祭祀遺跡と考えられている」とするのは、その古墳時代の終焉期が6~7世紀後半ということを考慮したものだと思う。

 市史がこの岩田遺跡にふれるのは、祭祀遺跡の特徴が実感としてとらえやすいからなのだろうと思う。
 祭祀遺跡は、祭祀遺構や祭祀遺構を主体とした遺跡のことだ。
 主に集落などの日常の生活場所からは離れた丘陵上や、岬の突端や海辺に接する小島などの神霊が依りどころにしたと思われる場所に立地していることが多いという。神社が発生する前の段階の性格があったものではないかと考えられているとのことだ。
 岩田遺跡は、それが感覚的に捉えやすい雰囲気が漂っていることは実感している。

 先に石造模造品が腰浜町の旧福島大学附属附属中学校敷地内でも発見されていることについてふれたが、「福島市史」ではここも祭祀遺跡と紹介する。
 その市史によれば、石造模造品は、附属中学校体育館構築中、地下1m余の層中に散在して発見されたという。
 ここは旧阿武隈川の河岸段丘上であり、吾妻連峰が最も美しく眺められる地点なので、吾妻山か阿武隈川の水の神を祀ったものとの推定のようだ。
 ここが腰浜廃寺跡の一部であることも、その裏付けとしているようだ。
by shingen1948 | 2019-07-04 10:40 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)