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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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散策を楽しむための鳥谷野の古墳情報⑨

 古代ではカンカン石を伝達手段に使っていたという話は、史実と直接的に結びつけてみる話ではなさそうだ。
 多くの古墳のある地域には、前回整理した七塚が長の墓という言い伝えやカンカン石の話が残っていることが多いということのようだ。

 さて、百庚申塚は古墳情報としては余談だが、「散策を楽しむための鳥谷野の古墳情報⑦」ではその余談の続きとして百庚申塚に向かう道筋と田沢道とのかかわりを確認したところだった。
 実は、この確認の中でもう一つの道筋が気になってしまったのだ。
 それが、この塚の東側から南側に回り込んで田沢道に繋がる道筋だ。少しその道筋を探ってみた。 結果的にはよく分からなかったところも残ったし、余談の余談のそのまた余談なのだが、脇道に逸れながら散策を楽しむという趣旨からこの事についてもふれておきたいと思うのだ。

 百庚申塚の散策で少し地形に慣れてきた。
 田沢道を進んできて思い出したのが墓地に登る手前の右手に駐車場があることだ。とりあえず、そこに車を停めてあたりを見回した。
a0087378_6341989.jpg 気になった道筋と関わりそうな道筋は、上の墓地に向かう道筋の左手にある耕作地の左手に見える道筋だ。
 これは、その道筋から下方に見える墓地の方向を眺めてみたところだ。この道筋はその下方の墓地に向かう道筋から南に分岐してきた道筋のようだ。
 この道筋らしいと見当をつけて辿ってみたということだ。

a0087378_6373680.jpg
 ここは、その道筋を辿って、それらしくもあり、そうでないかもしれないとも思えた地点だ。季節的に分かりづらい時期なので、今回はここまでにした。

 家に戻って確認すると、明治時代の地図でははっきりせず、昭和47年頃の地図辺りが最も明瞭に道筋が記される。
 地図上からは、この道筋から分かれて河原の方に向かう道筋も見える。他の地図とも照らし合わせると「八郎兵衛稲荷大明神」へ向かう道筋かもしれないとも思うが、今回の道筋なのかどうかははっきりはしない。
by shingen1948 | 2019-06-29 06:38 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)