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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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黒岩虚空蔵堂・満願寺散策26~鳥屋野館③

 信夫郡鳥屋ノ城として鳥屋野館を整理していて思い出したのが、鳥谷野の清水跡だ。2009年に散歩した時の写真が見つかった。
a0087378_1723545.jpg この清水は、昭和12年頃、黒岩道の新設拡張工事によって消滅したようだが、それまでは滾々と湧き出ていたとのことだ。
 次のような案内がある。

 「鳥谷野の清水跡(清水山永京寺山号)
 永京寺東南方向(舘7番地)の地に湧出しており、生活用水、旅人の憩の清水であったが、環境の変化により消滅し跡地の水神碑、祠と共に佐藤家が護っている。」

 「鳥谷野の清水(羽田稔)」によると、この鳥谷野の清水は、黒岩道の傍にコンコンと湧き出ていて、この辺りでは旅人が渇きをいやす場として有名な清水だったという。
 虚空蔵様の祭りなどでは、多くの川俣や渡方面から鳥谷野の渡しで来る人々や、福島方面から裏参道としてやってくる人々で賑わったということだ。

 案内にある清水山永京寺の山号は、別説では、寺の本本尊仏が京都清水寺の観音と同材同作であることから清水山としたという伝えもあるようだが、ここではこの「鳥谷野の清水」の名を冠したという説を採用している。
 その現清水山永京寺の地が、今回鳥谷野城として整理している鳥屋野館跡であることとのかかわりでの興味だ。

 「鳥谷野の清水(羽田稔)」では、この清水が有名であることを強調するのに他所の方々に知れわたっていることを示す例を引く。今回思い出して注目したのはそちらではない。日常の水場としての風景だ。
 この小文でも「近所の人は天秤で清水を汲みにきたという」と付け加えられている。
 ここでは日常的な村の水場として案内されるが、それだけでなく館にとっても重要な水場だったということではないのかなと想像したということだ。
by shingen1948 | 2019-04-09 17:27 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)