人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

更にもう一つの奥の細道⑦

 正岡子規氏が瑞巌寺を詣でた際には、乙二氏の句を「独り卓然たるを覚ゆ」として、一具氏についてはふれていない。しかし、「俳句歌留多」などの情報と照らし合わせると、乙二氏同様俳人として高く評価しているらしいことが分かる。

 「『子規居士真筆俳句歌留多帖』考(復本一郎)」をガイダンスにして、を確認する。
a0087378_11132054.jpg 「国立国会図書館デジタルコレクション」に収められる「子規手製俳句カルタ」の原本は10月18日~12月22日に、開館70周年記念展示として公開されているという。
 これは、その90番目に紹介される札だが、これが一具氏の句のようだ。
 その制作年代は、「国立国会図書館デジタルコレクション」では明治年間とするが、「『子規居士真筆俳句歌留多帖』考」では、明治27年(1894)ないし明治28年(1895)に成立しているとみているという。
 ここでは、55番目に「一具 町うらに夕日のこりてしぐれけり」として紹介されている。
 なお、乙二氏の句は39番目に「乙二 凍るぞといふ声わびし草履の緒」として紹介されている。

 また、ここでは、明治31年(1898)12月10日「ホトトギス」掲載の「俳諧かるた」も紹介されている。
 一具氏の句は、その95番目に「一具 町裏に夕日残りてしぐれけり」として紹介されている。子規手製俳句カルタと同一句だが、漢字かな表記が違っている。
 乙二氏の句は47番目に「乙二 凍るぞといふ声わびし草履の緒」として紹介されている。こちらは子規手製俳句カルタと同一句で表記法も変わらない。

 「子規手製俳句カルタ」と「ホトトギス」掲載の「俳諧かるた」の大部分は重なっていることだが、5人の作者の作品に異同がみられる事の確認ができるとのことだ。「ホトトギス」掲載の「俳諧かるた」の時期、子規氏は無村への傾倒が著しい時点とのことだ。
 復本一郎氏は、結果的には、「子規手製俳句カルタ」と「ホトトギス」掲載の「俳諧かるた」の大部分は重なっているのだが、俳句観の変化に伴って選び直しが行われたとみているようだ。

 散策人としては、「俳諧かるた」を見る限りでは、一具氏は子規氏に評価されているとみる。

 
by shingen1948 | 2018-12-12 11:17 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)