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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和算散策余談~そろばん

 確認していくと、自分の年代近くまで和算の世界が存在していたらしいことが分かるが、接触する機会はなかったと思っていた。
 ただ、全く無縁だったということでもなさそうなのだ。小さい頃にそろばん塾に通っていたことがあるが、江戸時代これが和算の道具の一つだったということもあるようなのだ。
 この習い物で、結果的に珠算三級の資格を取得している。当時は、商業的な就職には有利な資格とされていたと思う。
 この時につちかったそろばんのイメージがあるのだが、これが本来的な和算の道具としてのそろばんということとは少し違うことでもあるらしい。

 江戸時代のソロバン学習書では、単にソロバンの使い方を説明するのではないそうだ。種々の興味ある数学の問題を、ソロバンを使って解くというものだったとのことだ。ソロバンは単に計算の道具としてではなく、数学を学び考えるための道具として捉えていたとのことだ。

 自分がイメージするそろばんは、明治になって和算から洋算中心の学習になった時に、和算と切り離して数値計算道具として生き残りをかけて変質させたものということのようだ。
 速く正確に計算するための道具であることに特化したイメージになったということだ。

 この後、この速く正確に計算する道具としては電卓が登場するのだが、これが学生時代だ。自分はこの時代、掛け算と割り算は機械式計算機を使っていた。
 思い出したのは、物理の研究室に、ボタンを押すだけで計算できる機械が入ったということで見せていただいたことがあったことだ。初期のパソコン位の形状や大きさで、物々しく机に鎮座していた。聞くと、値段も何十万円もしたということだが、多分、四則計算機でしかなかったと思う。しかも、計算を始める前に、正しく動くかどうかを確かめなければならなかった。
 計算前に、答えが分かっている簡単な計算を入力して、正しい答えを出すことを確認し、それから計算に入るのだ。

 それが、年々小型化され安くなっていくのだが、そのスピードが実に速かった。我々が手軽に使えるようになるのに、それ程の時間はかからなかった。
 その当時の電卓でなるほどと感心したのが、そろばん付き電卓だ。電卓で計算したものを、そろばんで正しいかどうかを検算できるというものだ。今にして思うとおかしいのだが、当時はいいアイディアだと思っていたことを思い出す。

 自分はかかわらなかったが、この時代、コンピュータの計算は、複雑なやり取りが必要だったようだ。
 まずは、計算したい式を書き込んで、計算センターに届けたようだ。暫くして、計算センターから式にもとづいて作成されたパンチカードが戻って来る。それが正しく打ち込まれたものかどうかを点検して、誤りを修正して、再度送り返す。
 これを繰り返して、ようやく答えを得る事ができるということだったように思う。

 
by shingen1948 | 2018-11-15 09:53 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)