地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和算「最上流宗統派の系譜」から⑭

 七伝の杉妻村黒岩の長沢辰蔵氏の情報確認のために、浅川村と杉妻村周辺の奉納された算額情報を拾ってみたが、拾えた情報は先に記した通りで大きな収穫はない。
 ただ、この確認作業の過程で、最上流宗統派の系譜の特徴ともかかわるかもしれないと感じたものがあった。
 その中には、先に山形の「佐久間文庫」でみた情報である「慶応2年当時和算の最高峰に位する転距軌跡、およびそれに伴う重心問題」の概要とも重なるのかなと思えることも含まれる。
 それで、算額情報を拾った過程をも記しておこうと思った。

 まず、明治25年、松川町黒沼神社に尾形貞蔵他が奉納したという算額を確かめた。
 古い方の「黒沼神社ホームページ」の算額紹介の写真では、長澤忠兵衛、赤間忠作、大槻重作、渡邉猪𠮷、尾形助太郎の奉納者が確認できる。
 全体では16の門題数があるようなので、それに対応した奉納者がいらっしゃるという事だろうと思う。
 その題にあたる所には「最上流五傳曠齋尾形貞蔵閲」とあるので、最上流五伝尾形貞蔵氏が、門弟たちの作問を検閲したものという感じだろうか。

 尾形喜代松は尾形英悦の孫にあたる方との情報を元に、算額全体が写る写真を眺めると、最後に記された方がそれに当たる方だろうということがおぼろげながら分かる。
 ここで尾形英悦氏とされる方は、先の確認で最上流五傳曠齋尾形貞蔵氏であることが分かっている。
 https://sites.google.com/site/kuronumajinjaasagawa/home/sangaku 

 次に、「数学史研究」の中から、算額の類題を分類する情報の中から黒沼神社算額の問題を確認すると、上記の方の他に齊藤卯之助氏が確認できた。更に、明治26年、黒岩虚空蔵に曠斎門人が奉納したという算額からの問題が紹介されていることが確認できた。
 そこで、森谷染吉、赤間和市、赤間捨吉、赤間彦四郎の奉納者と共に、曠斎門人長沢辰蔵氏が確認できたということだ。

 ここに「街角の算額」のページの「折々の算額」情報も加えると、杉妻村 中村熊治郎、杉妻村長沢富蔵もその奉納者の一人だったのではないのかなとの推定ができる。
 http://streetwasan.web.fc2.com/oriori.html

 これらの情報から、明治26年、黒岩虚空蔵に曠斎門人が奉納したという算額も、松川町黒沼神社に尾形貞蔵他が奉納したという算額同様に、最上流五伝尾形貞蔵氏が、門弟たちの作問を検閲したものという感じのものだろうとの推定ができるのだと思うのだ。

 この算額情報からも、すでに洋算が着目される時代になっているのに、最上流宗統派の塾では算数教育現場として相当に活気づいていたことが想像できると思うのだ。
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by shingen1948 | 2018-11-01 12:28 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)