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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和算「最上流宗統派の系譜」から⑤

 江戸後期の「福島の和算」という時に、その福島というのは福島県を指すのか、信夫郡の福島地区を指すのかを見極めないと曖昧になる。
 福島県を指す時には、二本松の和算家渡辺治右衛門一から、その第一の高弟とされる明治期にかけて活躍した船引の佐久間纉(庸軒)に繋がる系譜を最上流和算として紹介される事が多い。
 今回の整理は、その福島を信夫郡の福島地区周辺に限定した上で、二本松の和算家渡辺治右衛門一から繋がる系譜を確認しているものだ。

 ここまでの整理を振り返る。
 まずは、石碑を資料に、金沢村の金沢村丹治重治氏→浅川村舩橋の尾形曠斎氏→浅川村下中沢の長沢保斎氏と繋がる系譜を確認した。
 次に、福島地区周辺からやや範囲を広げ信夫郡の佐藤元竜氏→佐藤刻治氏の系譜とその近辺の系譜を探ってみたということだ。

 これからの整理は、今までの整理とは逆方向に、金沢村の金沢村丹治重治氏から両派の共通の祖である二本松の和算家渡辺治右衛門一への繋がり確認だ。

 まずは、丹治氏の系を石碑の碑文で確認する。
 ここでは、氏は安達郡の野地豊成氏の門で学んだ後、二本松藩の宍戸政政彝の門下に入り、許されて宗統四世となったと記される。また、宍戸政政彝氏については渡辺一氏の一伝と記される。
 この系譜は、最上流元祖会田氏→渡辺一氏と繋がっているわけなので、その渡辺氏から直接宍戸政政彝氏へ繋がると読み取れる。宍戸政政彝氏を最上流元祖会田氏から数えると宗統三世という事になるのだろう。ここから繋がる丹治重治氏が許されて宗統四世となったと読み取ることができる。
 この脇に建つ案内板の説明では、許されて宗統四世となるのは安政4年(1857)とのことだが、碑文にはその時期の表記は見当たらない。

 宍戸政政彝氏→丹治重治氏との繋がりは、安政七年(1861)に丹治重治氏が奉納した算額でも確認できる。
 この算額は「ふれあい歴史館」所蔵とのことだったので、今は閉じられた「ふれあい歴史館」に立ち寄った際の写真を何度も探してみたが見つからなかった。
 それで、確認できるものはないか探したら、「街角の数学」というサイトの「折々の算額」というページにこの算額が紹介されていた。この写真で「最上流三傳完戸左エ門政彝門人 信夫金澤〇 丹治栄之助重治」との記載が確認できる。
 http://streetwasan.web.fc2.com/oriori.html
 宍戸政政彝氏が最上流三伝であることは確からしいということだ。

 その最上流三伝宍戸政政彝氏についての情報は少ない。
 今のところ、「ふくしまの歴史」のダイジェスト版では二本松藩士と紹介され、同じ「ふくしまの歴史」近世版の「和算家丹治明斎の碑」では二本松の米穀商と紹介されているのを見るだけだ。
by shingen1948 | 2018-10-14 09:51 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)