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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和算「最上流宗統派の系譜」から③

 前回、「土湯会津道を歩いてみる⑭~和算家と学校を意識する」でふれた荒井小校長格佐藤元竜氏が、「佐久間文庫 由来」に和算の最後の花を咲かせた一人として紹介された佐藤元竜田氏なのではないかと想像してみた。
 「福島のいしぶみ」を眺めていて、この想像とかかわるかもしれない箇所をみつけた。
 「佐藤刻治翁寿蔵碑」だ。
 寿蔵碑というのは、生前に建てられた碑をいうのだそうだ。「土湯会津道を歩いてみる」として散策した時に撮った写真があった筈だが、今のところ見つからない。
 この碑文によると、この方は、田村郡佐久間佐久間纉の塾に5年間入門し最上流の奥義を極めて村に戻って小沢軒と号して私塾を開いた方のようだ。
 今回注目したのは、そこに辿り着く前の研鑽部分の碑文だ。

 次のように刻まれているらしい。
 特徴于数理 入同邨数学家佐藤田之門 修天元術及天生法 
 天元術及天生法を修めたのは同じ荒井村の数学家佐藤田の門だと解釈する。

 これを、今までの想像と結び付けてみる。
 まずは、「佐久間文庫 由来」で「最上流宗統派の系譜」で整理した方々の外に「佐藤元竜田」と表記される方がいらっしゃったことを確認した。
 次に、その方を半沢氏の「歴史地図」に和算家で医師であったと紹介される荒井小校長格の「佐藤元竜」氏ではないかと想像した。
 今回は、この荒井村に天元術及天生法が学べる佐藤田の門という数学塾の存在が確認できたという事だ。
 この「佐藤田の門」と称している数学塾が半沢氏の「歴史地図」に紹介される荒井小校長格の「佐藤元竜」氏の私塾と想像してよさそうに思ったのだ。その事で、想像の確からしさが高まったようにも思えるのだが、どうだろうか。
by shingen1948 | 2018-10-07 10:35 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)