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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和算「最上流宗統派の系譜」から

 福島の和算の主流は、今回整理の会田安明氏の最上流であることが分かる。
 二本松藩士渡辺治右衛門が、天明8年22才でその門弟となり、寛政9年31才のとき二本松に帰って、江戸から安明の著書を借用して伝写につとめたとされる。
 ただ、「福島の和算」研究としての情報を確認すると、ここから先の継承が今回整理していることと違う。
 主たる情報では、継承者は第一の高弟で明治期にかけて活躍した佐久間纉(庸軒、船引町石森出身)だとされる。
 今回の整理では、そこを完戸政彝(まさつね)氏としていることだ。
 そこから継がれたとされる丹治明斉氏の碑を確認し、その丹治明斉氏から継がれたとされる尾形曠斎氏の碑を確認し、その尾形曠斎氏から継がれたとされる長沢保斎氏の碑を確認したところだ。
 この後、杉妻村黒岩の長沢辰蔵氏が継ぐが、ここから後継者なく最上流が途絶えたという流れだ。
 散歩人としては、主たる情報との違いに戸惑いながらも、「最上流宗統派の系譜」とされる確認をすすめてきたところだった。

 この戸惑うところを確認していたところだが、山形大学附属図書館の「佐久間文庫 由来」にその回答に出あえそうなヒントがみつかった。
 同図書館が所蔵する最上流の和算家 会田安明の著作を公開する目的のようだが、その文庫の多くに佐久間家が寄贈した佐久間纉父子が蒐集した書があるそうだ。
 http://www.lib.yamagata-u.ac.jp/yktop/holding/collection/sakuma/yurai/

 その「佐久間文庫 由来」に、渡辺一の門弟が以下のように紹介されている。

 渡辺一の門弟に佐久間正清質(1786-1854)、庸軒佐久間二郎太郎纉(1819-1896)、完戸佐左衛門政彜(1782-1865)、市野(市川)金助茂喬、葛西通之亟泰明などが出た。
 このうちで、佐久間質・纉父子の跡をついで、佐久間綱治成己(1851-1873)、佐久間広吉(1860-1907)が三春で佐久間派を守り、明治の末年に及んだ。この間に弟子を養うこと数千人の多きに達している。
 一方、二本松の完戸政彜の後には、信夫の丹治賜庄作、佐藤元竜田、尾形貞蔵、長沢忠兵衛、長沢辰蔵、助川音松、安達の植野善左衛門らが、和算の最後の花を咲かせた。

 今回の整理は、この説明の下段から佐藤元竜田氏、助川音松氏、安達の植野善左衛門氏を除く方々の系譜ということになる。
 なお、福島県歴史資料館は、植野善左衛門が自筆で写したとみられる和算書 および関係書715点を「植野貞夫家文書(安達郡安達町)」として収蔵しているらしい。
by shingen1948 | 2018-10-03 10:19 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)