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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和算「最上流宗統派の系譜」から~(尾形) 曠斎壽蔵碑?②

 この碑は以下のように締めくくられるという。

 二本松東仙子 題銘曰
 潜心算法 温故知新 大窮宇宙 細破微塵
 提要釣玄 著書等身 足以不朽 何竢銘文
               二本松 武内 貞撰
 明治二十七年歳次甲午七月
           正三位子爵 時 萬書 印印
              清水町 佐藤重次郎彫

 ここには、いろいろな情報にあふれている。

 まずは、この碑の撰文者。
 二本松 武内貞氏は、東京の出版社から著書を出版されている方のようだ。その著書を検索していくと「東仙詩鈔(竹内貞誠甫著)【裳華書房明治31.1.2】」という出版物に出会う。
 また、「国立国会図書館典拠データ検索提供サービス」で、竹内貞氏を確認すると以下の情報を得る。
 武内貞(たけうちてい)1838-1924
 別名竹内、誠甫(字)、号竹内、東仙
 これ等の情報を組み合わせると、碑文の「二本松東仙子」は、この碑の撰文者である二本松武内貞氏の号であろうと推測できる。
 更に、近代文学基礎データを確認すると、この方は「竹内東仙は安積艮斎の弟子」であることが分かる。
 この安積艮斎氏は、先に「八丁目宿散策余談 ~二本松神社神官」で、「田島久敬氏や朝河正澄氏に影響を与えたのは、この三子の安積民僑氏のようだ」とした方だ。

 次に、この碑文の書。碑面が痛んでいて写真では確認できないのが残念だが、確認だけはしておく。
 この碑の書は「正三位子爵 時 萬」とある。
 この方の情報はたくさんあって、直ぐに、幕末-明治時代の公卿・神職交野時万氏だろうと推測できる。この方の経歴情報はたくさんありすぎるので、この碑文との関連ということで絞る。
 具体的には、慶応2年正三位にすすんだことと明治維新後の氷川・日吉両神社の大宮司時代の御歌所にかかわる以下の経歴にしぼればいいのかな。
 明治17年(1884)叙爵内規により子爵を授けられる。
 明治19年(1886)年2月6日参侯を仰付かる。
 明治21年(1888)年6月6日の御歌所成立時、非常勤の参侯となる。
 明治41年5月正二位に叙せられる。
 この方がこの碑文の書者となる経緯は知る由もないが、この碑の撰文者が何らかのつてで、この方を碑文の書者とされたのではないのかなという勝手な想像。

 なお、「清水町 佐藤重次郎彫」の清水町は近くの清水宿だと思うが、今のところ、そこの手持ち石工情報はない。
by shingen1948 | 2018-10-02 10:52 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)