地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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八丁目宿散策からの帰り道 ~ 水雲神社④

 これは、散策の帰り道に撮った水雲神社近くの森の様子だ。もっと神社近くの風景も撮ったのだが、こちらはよく撮れていなかった。
a0087378_9464521.jpg この水雲神社は、今までの散策といろいろなことでかかわる。その一つが、「示現(慈現)太郎神社」散策とのかかわり。

 「示現(慈現)太郎神社」のご神体は宇都宮神社へ飛んだのだそうだが、この水雲神社の御神体は、その「示現(慈現)太郎神社」が鎮座する「古浅川」集落の水雲神社に飛んだのだとか。
 「金谷川のあゆみ」によれば、「古浅川水雲神社(鶏権現)」は、大竹森のご神体をひそかに移し奉ったとの伝承があるのだそうだ。以来大竹森の氏子との縁組はできなくなったのだとか。吉の目では、大竹森からご神体が飛んだと伝えられているとのこと。
 その現況だが、この神社には蚕の神様、水雲様、雷神様、熊野様、二十三夜様が祀られるが、大竹森から飛んだご神体は、熊野様ではないかといわれているのだとか。

 前回は、大竹森水雲神社の言い伝えについて「大竹が大音響とともに割れ滅した」ところまでで切って整理したが、その続きがあるようだ。
 大竹森に生息していた六頭の熊は、その大音響で各地に去り倒れたのだとか。村内の深沢、浅目、清の内の熊野神社はこの熊を祭祈したものなそうだ。他に、土湯の熊野権現もこの熊が行き倒れになったこととのかかわりなそうだ。
 「古浅川水雲神社(鶏権現)」境内の熊野様もそのかかわりでみたいということかな。

 もう一つのかかわりが、「浅川黒沼神社」散策とのかかわりだ。
 「浅川黒沼神社」には、地元の画家が描いた「浅川村見立八景」が奉納されていた。
 「『浅川黒沼神社』と示現(慈現)太郎神社④」で整理した時点では、「 黒沼晴嵐(くろぬませいらん)」の「黒沼神社」、「以後田落雁(いこうだらくがん)」の「富士浅間神社」、「平石晩鐘(ひらしいばんしょう)」の「浅川正観音」、「比丘尼石名月(びくにいしめいげつ)」の「薬師堂」にある「比丘尼石」を確認していた。
 https://kazenoshin.exblog.jp/237820728/

 水雲神社は、この「浅川村見立八景」がいう「大竹森明神」が祀られる「大竹森暮雪(おおたけもりぼせつ)」なのだ。これを確認したということになる。
 残りは、「古川帰漁(ふるかわきりょう)」「笠松夜雨(かさまつよさめ)」「台橋夕照(だいばしせきしょう)」という3つの風景ということになる。
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by shingen1948 | 2018-09-17 10:45 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)