地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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八丁目宿散策からの帰り道 ~ 水雲神社②

途中の道筋に竹が延びていたりして不安になるが、しばらく進むと神社らしき建物が見えてくる。結構大きな神社だ。
a0087378_5545018.jpg  「金谷川のあゆみ」によれば、鳥居には「昭和2年石工石川今朝松」と記され、傍らの石碑には世話人五十人の名が刻まれているとのことだが、確認しなかった。

 この水雲神社の祭神は、天水分大神で浅川村最古の守護神大竹森明神とのことだ。

 「ウィキペディア」で「分水神(みくまりのかみ)」を確認すると、水の分配を司り、水源地や水路の分水点などに祀られる神ということのようだ。水にかかわることから、祈雨の対象ともされたり、田の神や山の神とも結びついたりしたしたのだとか。
 後に「みくまり」を「みこもり」と解して、子供の守護神・子授け・安産の神ともされるようになったという。
 「天水分大神」は、その「分水神」とのことだ。日本神話ではハヤアキツヒコ・ハヤアキツヒメの子として天分水大神・国水分神が登場するという。

 「金谷川のあゆみ」で解説される事の一つが、この下の沢や沢水とかかわる浅川村最古の神ということなのだろうと思われる。
 雰囲気と共に、この鳥居の前の道筋を進めば、西に下り「深沢」に出るということも含めて合点がいく。

 もう一つ重ねられた意味があるようだ。それが「浅川村最古の守護神大竹森明神」ということだ。
 自己流の解釈も加えると、概念としては、鎮守神(ちんじゅかみ)に近い事を言っているように思う。浅川村という一定区域の土地を守護する神で、氏神・産土神の概念も重ねられた神なのではないかと読み取る。「大竹森明神」とのことなので、もうちょっと狭い範囲の区域の守護神ということなのかもしれない。
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by shingen1948 | 2018-09-12 10:53 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)