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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び八丁目宿へ ~西東広親⑥

 「八丁目家主一覧」の石合町に「西東薩摩」と記されるのが、俗称「さつま様」の西東塾の屋敷だと思われる。
 目印になりそうなのが、その屋敷の西斜め向かいに「作場みち」が走ることと、同じ並びの二軒置いた西側に「石はし」がかかっていることだ。この石橋の位置が本町と石合町の境になっていることも目印になりそうだ。
 これらの目印と現地を照らし合わせることで、その屋敷位置を絞り込んでみる。

 まず、作道みちだが、地形的にみて、福信の東側にある駐車場付近ではないのかなと想像できる。
a0087378_12391839.jpg 次に気になるのは、そのやや西側の向かい側の民家宅地内に石造馬頭観世音の案内柱が建っているお宅だ。案内柱には、福島県北部では最大の石像だと解説されるが、興味は石造ではなく、このお宅のほうだ。
 これが、「八丁目家主一覧」に案内されるS氏宅のような気がするのだ。確からしさは知らないが、散歩情報を継ぎ合わせるとそのS家は延宝年間(1673~80)に帰農した信濃武士とされるらしい。

a0087378_12401389.jpg 案内される石造馬頭観世音は、このお宅の奥のようなので写真だけ撮らせていただく。
 「こでらんにふくしま通」の「奥州街道八丁目宿の面影を訪ねる」の地図には、この馬頭観音を「石合地区にある高さ1.63mの 三面八臂後背の石像」と紹介する。

 先にここから二軒置いた西側の「石はし」を目印になりそうなものとしていたが、現地を歩いて見ると、これが「青麻神社」参道にかかわる道筋のような気がするのだ。
 「奥州街道八丁目宿の面影を訪ねる」の地図にもこの神社はプロットされるが、その解説はない。

 それで、これも散歩情報を継ぎ合わせて確認していると、このS家がかかわるようなのだ。このS家が青麻神を信仰したのが起源とされるらしいのだが、その確からしさは分からない。
by shingen1948 | 2018-08-26 12:40 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)