地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外氏が認識する熊阪系譜:熊阪台州氏(その2)36~「處士台州熊阪翁墓碑」③

 「高子から全国に発信される文学活動③~熊阪台州氏⑨」で記したように、森鴎外史伝三部作の第二「伊沢蘭軒」という作品で、盤谷氏とのかかわりで、熊阪氏3代について解説する箇所がある。
 https://kazenoshin.exblog.jp/23487373/
 
 連載の129回目で、文政5年(1822)の秋の蘭軒の詩は、末の三首が森枳園の手写しで、その前に看過すことの出来ない一首があるとの書き出しで、7月13日に蘭軒が債鬼に肉薄せられ、千万謝言の後、架上の書を抽いて読んだという作品が紹介それる。
 それが、枳園の書したもので、その最初の詩が「熊板君実将帰東奥、臨別贈以一律」と題してあるということで、熊阪盤谷氏にかかわる次の作品が紹介される。

 「君家先世称雄武。遺訓守淳猶混農。賑恤郷隣経奕葉。優游翰墨托高踪。自言真隠名何隠。人喚素封徳可封。遥想東帰秋爽日。恢然拄笏対群峰。」

 作中のわたしは、これは「五山堂詩話」に登場する熊阪盤谷氏であって、蘭軒の贈言を得た熊板という人は、熊阪氏の事だろうと推定する。
 鴎外氏は、その文はかうであったとそらんじるところがすごい。
 「東奥熊坂秀。字君実。号磐谷。家資巨万。累世好施。大父覇陵山人頗喜禅理。好誦蘇黄詩。至乃翁台州。嗜学益深。蔵書殆万巻。自称邑中文不識。海内知名之士。無不交投縞紵。磐谷能継箕裘。家声赫著。」

 蘭軒の「賑恤郷隣経奕葉」というのは、五山の「累世好施」であり、「優游翰墨托高踪」というのは、五山の挙ぐる所の禅を修め詩を誦した祖父覇陵と学を好み書を蔵した父台州とであるとすれば、符合しているというのだ。
 そこで、磐谷は江戸で五山と交ったように、蘭軒とも交ったはずだとみる。

 ここで、作中のわたしは、五山の言は磐谷の大父まで溯っているが三世以上に及ばないとして、熊阪氏の系譜を想像する。
 蘭軒の「君家先世称雄武、遺訓守淳猶混農」根拠に、磐谷の祖先は武士であっただろうとする。
 
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by shingen1948 | 2018-03-31 09:05 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)