地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏(その2)25~「曳尾堂」⑨

 明治時代に山形の村山地方漆山の大地主であった半沢久次郎には、俳諧師半沢二丘としての顔もあるわけだが、それにかかわる書籍には別の蔵書印が押印されている。
 これ等の書籍には、末尾に縦長の「最上漆山半沢久次郎蔵書印」が捺されているということのようなのだ。

 これらの書籍として「早稲田大学図書館古天籍総合検索」で、現早稲田大学図書館雲英文庫所蔵の「をのの草稿」・「都筑の原」・「花標集」、現国文研所蔵の「百人一首図絵」・「山彦冊子」という冊子が検索できる。

 前回の「熊阪台州氏(その2)24~『曳尾堂』⑧」で整理した「半澤文庫」「曳尾堂図書」の蔵書印での旧蔵書者推定は、散策人の我田引水とのそしりを免れない勝手な想像でしかないのだが、こちらの「最上漆山半沢久次郎蔵書印」は、旧蔵書者が特定されるものとされている。

 これとは別に横浜市立大学鮎澤信太郎文庫所蔵の「奥州仙台領小竹浜六兵衛船難風逢唐土エ漂流書【徳兵衛・佐五平渡海記録】」も俳諧師半沢二丘としての半沢久次郎氏所蔵書籍と思われる。
 なお、何を意味するのかは分からないのだが、この「奥州仙台領小竹浜六兵衛船難風逢唐土エ漂流書【徳兵衛・佐五平渡海記録】」の書籍には、蔵書印の上部に、本文内容と関係のない「三十八番リ印」という文字が小さく本文と同筆で記されているとのことだ。

 これ等の「最上漆山半沢久次郎蔵書印」のある書籍も、「曳尾堂」文庫の書籍として貸し出しに供されたものかどうかは分からない。ただ、明らかな事は、俳諧師半沢二丘としての書籍は「曳尾堂」文庫としての書籍とは区別して管理されていたということだ。氏の几帳面さを感じるべき事だと思っている。
 
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by shingen1948 | 2018-03-06 09:59 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)