地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏(その2)③~「覇陵熊阪君墓碑」③

 「覇陵熊阪君之墓」の本文の末尾は建立にかかわる情報で〆られているようだが、確認できたのは、「明和五年六月壬戌、龜山松〇〇〇」とそのしばらく後ろに「大田」があることだ。
 前回確認したように、「明和五年六月壬戌、龜山松〇〇〇」は、「永慕編」の概要確認から「明和五年六月壬戌、龜山松惟時撰」であるこが分かる。
 「大田」が読み取れたことだが、この碑に刻まれているとする地元情報では、「東都大田覃書并篆額」だとされる。「東都」は江戸で、「大田覃」は「大田南畝」氏の本名のようだ。
a0087378_8132685.jpg これは、「覇陵熊阪君之墓」の写真から本文の比較的痛んでいない上部を切り取ってみたところだ。
 これだけで「東都大田覃」の「書并篆額」を味わうことは難しいが、この碑に刻まれているとする地元情報と照らし合わせてその部分を確認する作業を通すと、味わった気分になれる。

君〇定昭〇君行稱〇右
故冒〇子田〇按譜蓋出自
宇〇天皇之苗〇
于史〇不
正光、正光生光〇光〇生〇〇定義
定〇〇自光〇〇定〇在〇州屬〇角氏
〇自定〇〇〇世仕宮津侯京〇氏
〇十餘人〇守其城待侯〇〇〇而〇致
生定〇〇何〇田〇〇一〇〇村〇〇
子田氏少東遊、奥州伊達〇族熊阪土佐之
遂藉伊達冒熊阪氏〇片平氏生君助利
子以妻君以〇己〇嗣〇〇〇亦冒熊阪氏君
〇日益殖少有志功名以策于東諸侯
〇〇〇曰〇〇〇〇〇〇〇主散千金
致千金〇里〇〇而〇火〇〇十人年
君疾惡若〇恒〇不
原〇〇〇〇秦氏〇不復
長渉〇書好爲詩中〇〇及
晩自放丘〇〇園〇〇丹郵致
子彦日〇歌其中有二十〇詩命子彦
題筆〇如〇恬然臨〇明〇甲申十一月十五日
十八日得年五十六葬伊達高〇村西
男曰定邦即子彦先娶某氏継娶寺島氏
並幼子彦善文章有奇才〇余善〇〇〇行千里
〇死生亦大悠然自得〇〇富〇行〇〇有子能文
明和五年六月壬戌亀山〇〇〇〇〇〇〇大田

 最初に読み取れたのはこんな感じだが、再度この作業をすると読み取れる文字が増えてくるのが分かる。
 今回は散歩メモ用のデジカメを使っているが、解像度の高いカメラなら読み取れる文字は更に増えるだろうと思う。
by shingen1948 | 2018-01-22 10:12 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)