地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏(その2)②~「覇陵熊阪君墓碑」②

a0087378_1192193.jpg これが「覇陵熊阪君墓碑」だと思う。題字は飾り文字で読みづらいが、そう思って読めば、「覇陵熊阪」の部分と二文字明けた「墓」が読める。その二文字も前後関係から「君之」だろうと想像がつく。題字は「覇陵熊阪君之墓」だろう。

 また、本文の最初の部分だが、二文字置いた次に「定昭」が読める。
 覇陵=定昭で、台州=定邦、盤谷=定秀のはずなので、これも確からしさの根拠になるだろうと思う。

 更に、本文の末尾に「明和五年六月壬戌、龜山松〇〇〇」が読める。
 「熊阪台州氏⑤」で、「永慕編」の概要についての予備知識として、「岩瀬文庫蔵書」解説での確認の際、「『覇陵熊阪君墓碣』(明和5年6月、松崎惟時撰)」が確認できている。
 この事と照らし合わせれば、ここは「明和五年六月壬戌、龜山松惟時撰」と重なる部分なのだろうと思う。これもまた、確からしさの根拠になるのだろうと思う。

 なお、このしばらく後に「大田」が読み取れるが、地元情報と照らし合わせれば、「大田南畝」氏かかわりが記されているのだろうと想像される。
by shingen1948 | 2018-01-20 11:11 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)