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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏(その2)~「覇陵熊阪君墓碑」

 松川・浅川地域散策の整理を通して、確認したい事が明確になってきたので、この辺りで一区切りつけておこうと思った。
 それで、今までパソコン上に散らばしておいた松川・浅川地域散策情報を整理していた。

 今度整理しておきたいなと思ったのは、伊達の熊阪氏にかかわる情報だ。
 先に「熊阪台州氏」として15回に分けて整理していたので、その続きとして「熊阪台州氏(その2)」とした。
 http://kazenoshin.exblog.jp/23457007/

 先の整理の「熊阪台州氏③」辺りから、その師を入江南溟氏から松崎観海氏に変えざるを得なくなる事情と「西遊紀行」の刊行をからませて整理している。
 http://kazenoshin.exblog.jp/23478257/
 その「熊阪台州氏⑥」では、松崎観海氏との手紙のやり取りの中の明和3年6月20日付第4書牘に「覇陵熊阪君墓碑」を撰する話とかかわる話が出てくる。
 http://kazenoshin.exblog.jp/23480619/
 今回の整理は、その「覇陵熊阪君墓碑」を確認してきたことについてから始めることにする。

a0087378_10184939.jpg この写真は、2010年春に「熊坂家蛍域」を撮ったものだが、この「覇陵熊阪君墓碑」はこの中に建っている。
 撮影当時は、ここには案内板にある熊阪覇陵・台州・盤谷氏の三代の墓碑があり、保原町指定史跡になっているという事で立ち寄っただけだったので、特に整理もしていなかった。
 ここに建つ墓碑のそれぞれと熊阪覇陵・台州・盤谷氏の墓が一対一の対応で認識しているということでもなかったし、それを確かめようという気もなかった。

 それが、少なくとも「覇陵熊阪君墓碑」は確認したいと思うようになったのは、前回の熊阪台州氏の整理とのかかわりだ。

 なお、2010年に立ち寄った時には保原町指定史跡だったが、現在は伊達市の指定文化財となっているようで、案内板も変えられていた。
 保原町は伊達市に合併された事に伴う処置のようだ。新しい案内板の指定日を確かめると、平成4年となっていて、旧保原町指定をそのまま引き継いでいることが分かる。
by shingen1948 | 2018-01-19 10:20 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)