地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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浅川、松川散策の写真メモから35~浅川と喜熨(きのし) 三太郎秀房一座

a0087378_1054036.jpg 浅川地区の散歩資料では、「初代市川猿之助の母の墓」が、この溜池の土手にある事を中心に紹介される。
 この浅川地区は、かつてはとても芝居が盛んだったそうだが、喜熨(きのし) 三太郎秀房一座に負うところが多いとする。特に仙台藩の伊達氏にひいきにされていたとのこと。その三太郎の妻は嘉永5年(1852)12月25日に道坂で病死し、この地に葬られたという。法名は空江山智明善女とのこと。
 三太郎は、残された亀次郎(2歳)を連れて江戸に出たのだが、この亀次郎を苦労して歌舞伎役者に育てたという。それが、初代市川猿之助だとする。

 こちら側からは立ち入り禁止になっているが、南側の民家の左側から登っていくとは可能らしい。
八丁目宿の情報では、この南側の民家が三太郎喜熨(きのし)秀房一座の本拠地というふうに紹介されるが、こちらの紹介ではあくまでも「初代市川猿之助の母の墓」がここにあるという感じの紹介だ。

※ 前回の「浅川、松川散策の写真メモから34」の整理に「~八丁目宿と喜熨(きのし) 三太郎秀房一座」を付け加え、今回の「浅川、松川散策の写真メモから35」の整理は、「浅川と喜熨(きのし) 三太郎秀房一座」とする。
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by shingen1948 | 2018-01-07 10:55 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)