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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく④

 「会高通史」の「第三章 昭和になって」の項を担当したのが、信氏の時代のボート部顧問小林貞治氏のようだ。
 特に記名はないが、昭和になっての「はじめに」に自己紹介されている内容と執筆者紹介に「明治42年(1924)生:相馬女子高校長(元会津高校教諭)昭和5年~32年」との紹介との矛盾がない。

 その「六 戸ノ口とモンタ婆さん」の項で、会津中学ボート部顧問になる事情とボート部の様子が記されて、その項の最後に「戸ノ口にまつわる悲話一つ」との書き出しで、長谷川信氏のことにふれてまとめとしている。

 その最後の最後は、「私の妻は小学校時代の信君の受け持ちだった。本当は妻に別れを告げにきたらしい」ということで、「彼女信君の戦没を悼む」として、次のように〆られる。

 垂乳根(たらちね)の生ましし命光なして空にかえりぬ汝が生まれし日に
 戦いは止みぬといふに与那国の海ゆ還り給はず
 若き命傾け尽くし与那国の海に君は眠るか

 小林先生の奥様敏子さんは信氏を偲んで短歌集「湖畔の碑」10首を詠んでいて、それが短歌研究(昭和43年9月号)に佳作作品として掲載されている。
 まずは、その事にかかわる次の2首の紹介を見つけ整理している。

 特攻隊にて飛び立つ前の乱れなき
          葉書の文字がわれを泣かしむ

 死ぬる為に君生まれ来しや戦死せる
          幼き面輪に香華はのぼる

 次に、別の資料で次の一首の紹介を見つけて付け加えた。

 特攻機にて基地発つ君がよこしたる
          最後の文字「シアワセデシタ」

 更に、しばらくして気になっていた以下の残りの7首も確認できた。

 湖(うみ)近き芒の中に君が碑を見出でて佇ちぬ霧深き中
 生と死に分かれてここに二十年碑(いしぶみ)に願つ君がおもかげ
 「わだつみの声」に載りたる君がことば彫りし碑面に雨横しぶく
 君が碑をかこみて高く繁り立つ芒穂群に風渡りゆく
 ゴム長とシャベルを持ちて訪ね来し君の碑の文字雪原に冴ゆ
 雪原に黒く小さく碑は浮かび湖畔の道を今は離りぬ
 駅に君を送ると背負ひし幼児も空に果てにし君が年となる

 今回確かめている「会高通史」に寄せられているのはそれとは別で、「戸ノ口にまつわる悲話一つ」にかかわる彼女の「信君の戦没を悼む」思いを新たに寄せたようだ。
by shingen1948 | 2017-08-24 16:58 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)