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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外と福島32

 「森鴎外と福島29」で、「渋江抽斎(森鴎外)」や「伊藤蘭軒(森鴎外)」などの作品に登場する探索方法を追試されたり、地域資料を元に作品の補強資料を探し出したりする散策情報についてふれた。

 その情報の一つが、「日曜スケッチ散歩」というページだ。
 http://aki.art.coocan.jp/frame-top.html
 このページについては、先に「『伊沢蘭軒(森鴎外)』と福島④」と「『伊沢蘭軒(森鴎外)』と福島⑥」で、「日本種痘の恩人」にかかわる情報でふれている。
 「『伊沢蘭軒(森鴎外)』と福島④」では、池田京水氏にかかわる墓地探しの追体験についてふれた。
 この方は、「渋江抽斎」の読後に「ルーツを訪ねて 江戸の疱瘡医 池田京水とその一族(中尾英雄)【平成7年自費出版】」という冊子に出会い、池田家宗家の前に、池田京水氏の墓参りをしたのだということだ。
 この著者中尾英雄氏は、池田京水氏の末裔にあたる逗子市で耳鼻咽喉科を開業されている方とのことだった。
 ただ、この池田京水氏の末裔の方の情報は後で気付いたので、「『伊沢蘭軒(森鴎外)』と福島⑥」の方にされている。
 こちらで整理した墓地探しの追体験は、「池田瑞仙の墓」から池田家宗家にかかわる情報を整理した。
 福島市大町在住の池田家宗家末裔鑑三郎氏と直接的にかかわる池田家宗家の合墓はこちらで、鑑三郎氏が明治30年に谷中墓地に建てた事が「伊澤蘭軒」の作品の中に確認できる。

 「渋江抽斎(森鴎外)」その8で、鴎外氏は渋江抽斎の墓探しもするのだが、こちらも追体験して作品にしているようだ。
 その中で気になったのが、松本清張氏が次のように指摘していると紹介される部分だ。
 最高傑作と誉れ高いこの史伝は、実は、鴎外が抽斎の子保に依頼して書いてもらった原稿用紙百数十枚からなる資料・覚書をほとんど丸写しにしたもので、彼自身の創作は微塵も無い、と言った一戸務の資料報告の存在を松本清張は指摘している(『両像・森鴎外』文春文庫)。

 まだその指摘の原文を確認していないが、松本清張氏のこの指摘からは、これらの作品を小説として見ていることが明らかだ。
 しかし、「森鴎外と福島30」と「森鴎外と福島31」で整理したように、鴎外氏はこれらの伝記を小説として仕上げようとしたのではない。この作品の良さは、「渋江抽斎」像を明らかにしようと学問的に追及していることなのだろうと思うのだ。

 この散策者も、「私も(この作品を)最高傑作と考える。何故と云うに、それは鴎外がいなかったら、この史伝は世に存在しなかったからである。鴎外先生、心配御無用!!これは間違いなく後世に残る名作ですよ」と記すが、こちらに同感だ。
by shingen1948 | 2017-02-12 09:23 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)