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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外と福島31

 前回、「観潮楼閑話」を資料に、鴎外氏が「渋江抽斎(森鴎外)」や「伊藤蘭軒(森鴎外)」などの作品をどうとらえていたかを想像した。
 そこで引いた文章の前に、帝国文学復活の際に原稿を依頼された鴎外氏は、「わくしは自己が此の際文を草する適任者でない事を自ら知っている」としながら、自分の立ち位置について次のように述べている。
 わたくしは、蟄伏してゐた間に文壇の人々には忘れさられてゐる筈だ。独り文壇ばかりではない。世間の人も穴の中のわたくしを顧みる筈はない。然るに近頃聞けば、「黒潮」にわたくしを論評した数十頁の文が出たそうである。その「黒潮」は寄贈せられたが、未だ見ぬ内に人に取り去られた。翌月の同じ雑誌に赤城桁平君の駁論が出たのを見た。これは未完でであるが、その文中より前論者の何を言ったかが略窺はれる。要するにわたくしがあらゆる方面に於いて寸長の取るべきなき人物だと云ふ事を論證したのであったらしい。なんと云ふ徒労をしたものであらう。高村高太郎君がいつか「誰にでも軍服を着せてサアベルを挿させて息張らせれば鴎外だ」と書いたことがあるようだ。簡単で明白で痛快を極めてゐる。それ程の事を論證する為めに、数十頁を費やしたのは、何人か知らぬが、実に笑止千満である。

 ここで、自らの姿を簡単で明白で痛快を極めているとするのは「誰にでも軍服を着せてサアベルを挿させて息張らせれば鴎外だ」との表現。
 前後の記述内容から、自らを卑下して表現しているともとれる。しかし、自らを省みた時にそうかもしれないという思いもあったのかもしれないと客観視しているともとれる。
 凡人からすれば、軍医として最高位を極めたことに劣等感を持つなどありえないと思うのだが、学究肌の本人からすれば、極めたのは軍の最高位の権威であり、医術を極めたということではないとの思いがあったことは想像できなくもない。

 この前段があって前回整理したような伝記を学問的に追及する姿勢を示していて、小説として仕上げようとしていないことが語られているということだ。
 つまり、鴎外氏は自らを小説家としての立ち位置から、文「学者」としての立ち位置を希求していたのではないのかなと想像できると思うのだが、どうだろうか。

 なお、「観潮楼閑話」その2では、「閑話は今一つ奇なる事件を生じた」として、後日高村氏が自ら記したものでないとしてその誤解を解くために語って蟠りは無くなったことが記されている。
by shingen1948 | 2017-02-11 09:33 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)