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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外と福島28

 その3からその12まで鴎外氏が抽斎氏を知り確認していく経緯が語られていくのだが、その過程で渋江抽斎氏の全体像が明らかになっていく。
 鴎外氏が抽斎氏を知るようになるのは、武鑑収集がかかわるようだ。

 武鑑については、その3で簡単に解説されているが、要は、徳川時代の武家にかかわる情報を収載したものらしい。いわば紳士録と履歴書とをあわせたようなものなのだとか。歴史家はそれを読み解くことによって、徳川時代に生きた人物の大まかな情報を得ることができるものだとか。

 その「古武鑑に精通している無名の人の著術が写本で伝わっている事、その無名の人は自ら抽斎と称している事、その写本に弘前の渋江という人の印がある事」などから、この抽斎と渋江とが同一人物かと思う辺りが、その4辺りまでに語られる。
 抽斎氏との出会いのきっかけのようだ。

 そこから、いろいろと尋ね歩くうちに、抽斎というのはその2で紹介された「経籍訪古志」を書いた渋江道純の号である事を知るのだが、それがその6辺りに紹介される。その7では、更に遺族の現存を知る。
 その8の墓碑の確認や、その9の抽斎の跡を継いだ子の保氏と直接対面することなどから、渋江氏の概要が明らかになるようだ。
 その10で渋江氏の血縁関係が、その11でその父が允成であることが明らかになり、その12あたりまでで、その家族構成と交友関係が明らかになる。

 このあたりまでくると、作品を読むのに障壁となっているものは無くなる。
 ただ、今後の展開にかかわる多くの人名が登場するので、これらを記憶しておくことは要求される。
 年代や年齢などは、鴎外氏独特の拘りのようなので、読者としては読み流して進んでも障壁にはならないような気がする。
by shingen1948 | 2017-02-06 09:28 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)