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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外と福島26

 三十七年如一瞬 学医伝業薄才伸 
 栄枯窮達任天明 安楽換銭不患貧

 「渋江抽斎(森鴎外)」では、冒頭に、渋江抽斎の作だとして上記の漢詩が提示される。古文に疎い散歩人としては、この事をもって作品を読む障壁となって読み進もうという気が削がれてしまう。

 しかし、よく見ると、以下のようにその読みが記されているのだ。
 三十七年如一瞬(さんじゅうしちねんいっしゅんのごとし)
 学医伝業薄才伸(いをまなびぎょうをつたえてはくさいのぶ)
 栄枯窮達任天明(えいこきゅうたつはてんめいにまかす)
 安楽換銭不患貧(あんらくぜににかえひんをうれえず)

 整理すれば、次のような詩であることが分かるようになっているということのようだ。
 三十七年、一瞬の如し   医を学び、業を伝えて薄才伸ぶ
 栄枯窮達は天明に任す  安楽銭に換え、貧を患(うれ)えず
  
 更に、その1の末尾でこの詩を詠んだ時の抽斎の心情を以下のように解説する。それが、この詩の訳にもなっているようなのだ。
 この詩を瞥見(べっけん)すれば、抽斎はその貧に安んじて自家の材能(さいのう)を父祖伝来の医業の上に施していたかとも思われよう。しかし私は抽斎の不平が二十八字の底に隠されてあるのを見ずにはいられない。試みに看るが好い。一瞬の如くに過ぎ去った四十年足らずの月日を顧みた第一の句は、第二の薄才伸を以って妥(おだ)やかに承(う)けられるはずがない。伸るというのは反語でなくてはならない。老驥(ろうき)櫪(れき)に伏すれども、志千里にありという意がこの中に蔵せられている。第三もまた同じ事である。作者は天命に任せるとはいっているが、意を栄達に絶っているのではなさそうである。さて第四に至って、作者はその貧を患(うれ)えずに、安楽を得ているといっている。これも反語であろうか。いや。そうではない。久しく修養を積んで、内に恃(たの)む所のある作者は、身を困苦の中に屈していて、志はいまだ伸びないでもそこに安楽を得ていたのであろう。

 ※老驥(ろうき)櫪(れき)に伏すれども、志(こころざし)は千里にあり【曹操「碣石篇」】
 駿馬は年老いて馬屋につながれていても、なお千里を走ろうという気持ちを失わないの意で、英雄は、年老いてもなお高い志を持ち続けているたとえ
 驥は一日に千里を駆ける駿馬。老驥は、年老いた駿馬の意。
 櫪は、くぬぎの木。馬小屋にくぬぎが床下の横木に用いられていたということ。

 気づかなかったが、漢詩に疎い者をも作品に導入する工夫も施されているようだ。
by shingen1948 | 2017-02-03 18:37 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)