地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

森鴎外と福島22

 鴎外氏は、「日本種痘の恩人」を読んでから、「渋江抽斎」のその16からの「池田瑞仙の墓をたずねる」を読んでほしかったと思ったのにはもう一つの訳がある。

 先に「伊沢蘭軒」の作品中に島市大町在住の池田家宗家末裔鑑三郎氏が登場することを整理した。 ここから鴎外氏の墓探しを追試する散歩資料を元に池田家宗家についての概要を整理してみた。
 実は、その後、「渋江抽斎」の作品の中の池田家宗家にかかわるその16からその20までを読んでいたのだ。
 小説として読むのに最低限必要な要件は読んでみたいという気持ちだが、この時に「渋江抽斎」の作品にそれを感じたのだ。ただ、こちらを先に読めば、この池田家宗家の部分が障壁になった可能性が高いとも思ったのだ。
 今回は、先に池田家宗家の部分の予備知識を得ていたが、それなしで「渋江抽斎」の作品を読んでいたと想定すれば、ここで断念したという事になっていたということなのかもしれない。
 そうも思ったのだ。
 それで、「渋江抽斎」を連載していた鴎外氏は、池田家宗家の部分が障壁になる読者も想定して、その連載に池田家宗家の部分が掲載される1週間前に「日本種痘の恩人」を挟んだのではないかと想像したということだ。

 先に福島のかかわりについて「『伊沢蘭軒』の作品中に福島市大町在住の池田家宗家末裔鑑三郎氏が登場する」としたところだが、ここを次のように修正する。

 鴎外氏の最晩年の文業を飾る「渋江抽斎」、「伊沢蘭軒」、「北條霞亭」と連なる今日史伝三部作と称される一連の作品群の「渋江抽斎」と「伊沢蘭軒」の作品に、「日本種痘の恩人」から横糸のように紡がれる池田家宗家の末裔は、明治時代の鑑三郎氏以降福島市に在住する。
by shingen1948 | 2017-01-29 09:26 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)